2019年04月23日

可愛いシャツの色

穀雨も過ぎ立夏を迎えるこの頃、平成も終わりを告げ新元号令和になります。霜止出苗(しもやみてなえいずる) 牡丹華(ぼたんはなさく) 蛙始鳴(かわずはじめてなく) 蚯蚓出(みみずいずる) と72候の菜園カレンダーにはありますが、この春は暖かく蛙の声はとっくに聞きましたし、ミミズも畑の隅に顔を出してました。こんな気温が高くて夏野菜の植え付けはどうしたらよいのか、雨が降らず地面が乾ききっています。畑の大根は葉だけ大きくなって薹が立ってしまい、高菜も同じで、仕方ないので大きな瓶に漬け、キャベツも小さいのがゴロゴロ出来てしまいました。もう毎日の食卓は葉ものばかり。おみおつけにも、お浸しにも、炒め物にも、お膾にも、勿論鶏達にも…。さすがに猫達は駄目ですが…。これも神様の思し召しとばかり娘と二人変な納得をして台所で働いています。

裏庭の果樹は元気に新芽を出し、その上、もう老木になった「あんず」が花盛りになったのにはびっくり。何年も実をつけず、もう駄目だと思い、その根元に「桑の木」を植えたのです。細い細い枝を伸ばし、あんずに届きそうだと見守って支柱を作り、肥料を入れて春を待ったら、あんずが回復したのです。桑の実のケーキと、あんずのジャムなんて素敵な贈り物です。この連休には苗の買い出しに行きます。トマトを沢山植えて、トマトピューレを作れるとよいのですが…。これだけは天候次第です。

私の仕事場では次のシャツの経糸がかかり、緯糸を入れ始めました。例のように経糸は18色、1色が1pのと5oのと。緯糸は9色、全体に淡い色調で、今まで組んだことのないような、「可愛い」格子です。「くちなし」で染めた黄色は非常に透明で可憐ともいうのでしょうか、玉ネギで染めた黄色のように力強くもありませんし、黄蘗とも違います。この「くちなし」で染めた黄色の綿を紡いで、どうにかして緯糸に入れたいと四苦八苦した末、近くに黒豆で染めた淡い「空色」を添えて存在価値をつけました。又、このシャツにはその黄色の上に鹿児島紅梅の枝から煮出した色をかけた「サーモンピンク」も使いました。実際シャツに仕上げてみないとわかりませんが、きっと若い人にうけるでしょう。来春の個展の時の評価が楽しみです。その上、昨年の春、桜の小枝を沢山手に入れ染めたのが淡い薄橙にしかならずがっかりしていたのですが、その微かな色も地の色にして入れてみたのもサーモンピンクに華を添えた感じになりました。どの色も決して無駄なものではなく、それぞれ競い合い、寄り添って楽しませてくれるものだと、つくづく思いました。

シャツを織り始めて30年近くになります。どうしたことか、布団綿があと2枚15sになってしまいました。私が60年前嫁ぐ時母が仕立ててくれた婚礼布団です。客用に仕舞っておいたのですがさすがに重く、暖房のきいた部屋では不用になってしまい、綿を染めて糸にしてシャツを作り始めたのです。ほとんど空っぽになった押し入れを眺め「あと10年、30枚仕立てて、10回目の個展をしたら終わりにしよう」と決心しました。令和10年です。

新元号の令和という言葉を聞いた途端、頭の中では「命令」に繋がってしまいつくづく昭和一桁生まれだと苦笑した次第です。「大君のへにこそ死なめ」と書写し闇市に明日の糧を求めていた「昭和」という時代も遠くなり、一見平和らしくみえた「平成」も終わり「令和」です。ただひたすら平和になりますように。決して命令されて平和なるものに繕いませんように。
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2019年03月27日

クチナシ色

昨夜からの雨で紅梅も白梅も終わりになり、庭中水仙のまっ盛り。季節は春分も過ぎ清明(4月5日)穀雨(4月20日)へと続きます。桜始開 (さくらはじめてひらく) 雷乃発声 (かみなりすなわちこえをはっす) 玄鳥至 (つばめきたる) 鴻雁北 (こうがんかえる) 虹始見 (にじはじめてあらわる)。明治5年まで「日本の暦」として1400年か使われてきた旧暦は24節気、さらにこの1節気を3分割したのが72候になり、日本の風土に合わせた農作業の目安になっていたものです。しかし昨今のように気候が不安定なようでは首を傾げたくなるような事もありますが…。桜の開花を心待ちにし、お花見弁当を開いたり、古巣につばめの来るのを眺め暮らし…我が家でもあんずの薄紅色の満開の花の下で菜花を摘んだり、スイカズラの蔓を誘因し、サルナシの支柱を補修したりで季節に見合った仕事は昔と変わらずあるものです。 畑の方はキャベツもエンドウ豆も育っています。さすがに白菜は終わり。春大根が育ち始めニンジンも大きくなりました。あとは夏野菜の植え付けを待つばかり。

私の仕事のシャツ3枚仕立て終わり眺めています。苦労しました。綿を紫に染めた段階で1回目と2回目で色が少し異なってしまい、紡ぎ仕立てたとこ目立ち展示用にやっと1枚だけとり、あと2枚は娘の普段着です。色合いとしたら渋く、紫と黄色のコントラストがよい作品になったのですが…。それを縫製にかかった時、紫に染めた糸も黄色に染めた糸も駄目で茶色に染めた糸がぴったりしたのには驚きました。何十枚、何百枚制作しても満足いくものは出来ないものです。何歳まで生きて織り続けたら「これは」というシャツが出来るのでしょう。

昨日から「クチナシ」の実を煮出して染めにかかりました。湯田温泉の名園の老舗旅館で採取したもので、大きな釜で2日間燃やし続け綿を1sほど染めたのですが…玉ネギの皮の色相とどれ程差があるのでしょうか。もともとクチナシは生薬名「山梔子、梔子」で消炎、止血剤であり黄疸や吐血の特効薬として使われていたが、染色としては古代から無位の服色を黄と定めていたので、黄蘗、刈安、小鮒草などで染められていたが、クチナシ染の黄色は赤味があるため、皇太子の礼服の色、黄丹にまぎらわしいということで、禁色になっていたというけれど、果たしてどうなるか楽しみなものです。結局、染色とは辿っていくと全部薬草につながっているものもおもしろくもあり、現代の生活の中で最高の贅沢であり、それを煮出す時間と体力と材料がある事に感謝しなければならないと思っているこの頃です。この度の紫色のシャツ3枚も蘇木だから「赤」が染まると単純に考えたのがはやとちりで正倉院古製の中の「亀甲花文錦」の紫褐色はどうも蘇芳による可能性が強いと研究され、そうすると緯糸も茶色でピタリだったことも頷けるようです。
古い布団も残り少なくなりました。染色をしながら文献をひもとき、資料を繰り返し読みながらの仕事ですが、これもまた一興です。

台所ではちょっとかわった匂いがしてきました。どんなケーキが出来るのでしょう。昨夕は瀬戸内で穫れた「手ながたこ」が手に入り、光に当てると動き出し、大騒ぎしてました。この「たこ」も食卓に並ぶ前に娘の画く100号のキャンパスの中に収まりました。ブチ猫と一緒にです。今年の花壇は花いっぱいです。花を育て鶏の世話をし薪を割り猫のシッポを引っ張りついでに親の介護をし絵筆を持つ、忙しい事この上なしと娘はボヤいていますが…、この親ひとつも介護されている気がしません。台所で食事を作るのは私ですから…。今日は一日中雨の予報でしたが雲が切れてきました。クチナシ色の綿を洗いにかかります。どの位とまっているでしょうか。次のシャツをお楽しみに。禁色のシャツです。
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2019年02月25日

食べること

暖かい冬でした。今年は白梅も紅梅も、それにやっと花をつけた蝋梅も散り始めています。毎年たくさん顔を見せるメジロは1羽も飛んできません。きっと山にたくさん食料があったのでしょう。季節は「雨水」も過ぎ「啓蟄」を待つばかり。霞始靆(かすみはじめてたなびく) 草木萠動(そうもくめばえいずる) 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく) と桜の咲くのを待つばかりになります。

昨年暮れに植木屋から山ほどもらった鹿児島紅梅の枝、全部大きな水瓶に生けて庭中に置いたところ、見事に花を咲かせました。玄関前にも軒先にも築山の上にも灯籠の脇にも深紅の花が開きました。本当は、蕾のうちに染めたらよいのですが…。きっと暖かい冬だったので梅の開花に幸いしたのでしょう。小さな白梅の盆栽も満開になりましたから。昨年の今頃は一輪咲いたと喜んでいました。
畑の方も同様で、大根も白菜もチンゲン菜もタカ菜もエンドウ豆もキャベツも大きく育っていて、食卓に青い葉は豊富に揃えられます。主婦にとってうれしい限りです。来年の冬はどうなるのか、わかりません。鶏と白菜を仲良く分けて食べていますが、保存する事を考えなければ困るかもしれません。大根の葉は漬けて干して、冷凍庫に入れましたし、豊作だったスイートスプリング(みかんと甘夏をかけあわせた新種) も一房ずつ冷凍しました。勿論、卵も入っています。鶏は3年目になるともう1週間に1個くらいしか産まなくなっていますから。食べる事ばかりしている毎日ですが、これも主婦の役目です。この頃少しずつ娘に食事の献立を明け渡しています。一品ずつですが、グラタンだったり、ピザだったり、魚の下ごしらえだったり。勿論まだまだ大きな鉄のフライパンに油を満たしてアジの唐揚げを作るような事は私の役目ですが、さすがにパン種を仕込むのは上手になりました。その時いつも神田精養軒の望月さんの話を思い出します。まだ小学生だった娘と一緒に工場を見学し、望月社長に「パンとはどういうものか」という話を聞き、クネッケを試食し、給食のパンを中心にお付き合いをしました。残念なことにもういらっしゃいませんが、娘の体にその気持ちはしっかり植え付けられていたのでしょう。全粒粉を使った絶品のパンです。こんなに二人で一日中食べる事をしていていいのだろうかと少々反省もしますが、「人間食べる事第一」なんて言いながら小さな畑で春の日を浴びています。

次の個展は来春の4月です。シャツは織り終わり仕立てにかかりました。何回も染料を作って染め直しましたが蘇木の赤は出ず、紫になってしまい、覚悟を決めてそのまま「紫いものシャツ」と命名しました。緯糸は10色添えてみましたら今迄のシャツとはちょっと雰囲気の異なる感じで、個展のメインになるでしょう。マネキンに着せる時、どんなパンツにするか帽子はどうするか、目下考慮中です。今度の個展はシャツを着せたマネキンに合わせて絵を置くつもりで、娘はすでに100号のキャンバスを張り、絵の具を解き用意万端整えました。150号のキャンバスには台所の絵が仕上がりつつあります。白菜もカボチャも、サバもヒラソもアップルパイもピザも、みんなで手分けして作っています。おかあさんと、こっちゃんと、勿論ねこちゃんと鶏たちです。庭にたくさん花を咲かせ、果実を生らせ野菜を収穫する、それを絵にし染料にしシャツを作る、そんな生活いかがでしょう。
昨今の児童虐待のことも、いじめのことも、東京青山に建設予定の施設反対のことも胸が痛みます。こんな小さな田舎町も周囲の田畑は潰されマンションがどんどん建っています。コンビニも多いし、医院も選り取り見取りで、介護施設も増えています。便利になりました。けれど隣の人と「こんにちは」との挨拶がなくなりました。どなたが住んでいるかわからないのです。これが地価が一番安いといわれる県庁所在地の発展というのでしょうか。

朝起きてどこも痛くないのが嬉しい毎日です。「若い時と違うのよ」と娘に言われ、納得しながら今日も織っています。
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2019年01月21日

年のはじめに

あけましておめでとうございます。ここ山口は暖かいお正月でした。季節は小寒から大寒へと移りもうすぐ立春です。東風解氷(はるかぜこおりをとく) 黄鶯睍v(うぐいすなく) 魚上氷(うおこおりをはいずる) と気分も浮き浮きする春ですが、その暦どおりになるとよいのですが、まだまだ油断は出来ないでしょう。

今年のお正月も例年通り暮れの26日から用意にかかりお重に詰めました。昆布巻きも伊達巻もきんとんも黒豆も変わりなく、根菜類の煮物も一品ずつ日本酒を煮切ってしいたけの煮汁と一番だしを使って上々の仕上げでした。お雑煮は丸餅ですが、大根とニンジンを椀の下に敷き、その上に餅、しいたけ、伊達巻、エビ、それに青菜をたすきにかけ、ギンナンを3個、ユズの松葉を飾り、一番だしをはった雑煮椀は見事でした。一昨年は青菜がなくて苦労しましたが…。この雑煮椀はもう何十回作ったでしょう。残念な事にカマボコが入ってません。よい品が手に入らないのです。作ってもあまり上手に作れないのです。そのうち上手になるでしょう。あと何回もお正月はあるのですから。しかしそろそろ娘にこの仕事を伝授しなければと思っています。こっちゃんカレンダーの12月のところには、「こっちゃんガンバレー」となっていますが…。

カレンダーといえば、昨年の末、本屋に置いたカレンダーが1部でも売れたら娘にあんパンを作ってもらうという賭けをしました。年明けて本屋に回収に行ったところ、9部売れてました。もうびっくりです。こんな小さな田舎町で、どんな年齢の人が買ったのでしょう。自然酵母を作り、発酵させ、小豆を煮て餡を作り、木村屋のに匹敵する大きなあんパンを作ってもらいました。各部屋にこのカレンダーを掛け、あんパンを食べながら、1年間の大変だった作業を顧み、お友達の消息に思いを馳せています。雪の降り積もっている東北の地から、火山灰の襲来に車のお掃除が大変だという南の地から、それぞれの年末でありお正月のようでした。カレンダーを眺めながらまだ逢ったことのない「こっちゃん」と「おかあさん」を想像し、花いっぱいの庭とねこちゃんと鶏を頭に描いて、お雑煮を食べたそうです。多くの人々に少しだけ夢を与えられたかしらと二人で話したところです。しかし消息の途絶えた人もいました。昨年までお元気だった方々ですけど…。ちょっとしょんぼりしました。

紫色のシャツ、順調に織り進んでいます。どうして蘇木(蘇芳) がこんな紫色になってしまったかは解明できていません。けれど、もう一度染めてもやはり紫色になってしまい、赤色は完全に落ちてしまいました。これで織って最後までいきます。来春の個展までに退色しなければと願うのみです。
「こっちゃんといとぐるま」の本を読んだ人からお便りをいただきますが、とても綿を染めて紡いで織ってシャツを作るところまで到達しないようです。私だって10時間紡いでも10pも織れない仕事はときどき音を上げたくなりますもの。どうしてこんな大変な事をするのか、と考えたら答えは出ません。生業になることもないし、社会に貢献しているわけでもないし…まあ30年も経ってしまうと、体の一部になってしまうのでしょう。先日近所の古本屋で「こっちゃんといとぐるま」の本を見付けました。新しい状態で、私がお送りした手紙と、御自分で切り抜いた本の紹介の新聞のコピーが折り込んでありました。きっとお年の方だったと推察いたしました。勿論絵本は連れて帰りました。もう13年も前にお渡ししたものです。

いろいろな事があって新年が始まりました。野良猫4匹、鶏5羽、みんな元気です。畑の野菜も例年になく勢いが良いのですが大根のトウが立ってしまい大童です。自然にまかせた畑は人の力ではどうにもならない時もあります。そんな時は人間の方が自然に寄り添って朝昼晩、大根おろしと、大根の葉の佃煮を食べることにします。
どうぞ、よいお年になりますよう。
今年もよろしく。
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2018年12月22日

平成最後の年の暮れに

今年も残り少なくなり何かと慌ただしい年の暮れです。冬至、小寒、大寒と続き寒さは本番、乃東生(うるきしょうず) 麋角解(さわしかつのおる) 雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)となり小雪の舞う空を見上げながら、ひたすら春を待つ頃になりました。しかし今年は昨年と異なり、どこでも畑は青々として、大根も白菜も高菜もチンゲン菜も育っていて、秋頃までの野菜の高値とは打って変わり、1山いくらで買える始末。これは我が家の小さな畑も同様で、冬至とは思えない様子で正月の青菜には事欠きそうもありません。農家ではあまりの安値に年が越せないと困っているようですが…。難しいものです。精々消費者の出来る事は安い時に大量に購入して加工したり、保存の方法を考えて干したり漬けたりする事でしょうか。それから大鍋でコトコトと煮て体を温めるのです。気候のなせる業なのでしょうか、ミカンもゆずもハッサクも大きくはないのですが甘く美味でうれしい限りです。

仕事場ではやっと緯糸が決まり織り始めました。蘇木(そぼく) の紫に黄色の入った6色の経糸、それに緯糸が結局10色入れる事になりました。といっても1色が2本、2oにも満たない数ですが、その組み合わせに納得がいかず試行錯誤の半月だったのを、とうとう紺色2本だけ宙ぶらりん、未消化のまま使うことにし、「整理整頓されてない格子、こんなのもいいか」と出発しました。どうせシャツに仕立てたら、その紺色はどこに出るかもわからず、なにしろ一模様28pの中の2oで…とも思うのですが、その2oが輝を放つか、それとも全体を駄目にしてしまうか、小さな冒険です。たかがシャツです。娘が畑仕事に着てしまうシャツです。けれどやっぱり私の作品なのです。

年女の記念に作ったカレンダー、いろいろな反応がありました。「可愛い」とか「楽しい」とか、特にお年寄りの方々には喜ばれ、地元のテレビ局でもニュース番組の特集として、絵本風のカレンダーの「2019年こっちゃんカレンダー」として紹介され娘も大満足で次の個展のための100号の絵の習作の前でインタビューに答えてました。というのも過去何回かの取材の時は私のシャツの製作の事で、娘は添え物だったからです。市内の数軒の本屋にも置いてもらうことが出来たのですが、果たして何部位売れますかどうか。1部でも売れたら、娘は私に最高のアンパンを作ってくれるそうです。変な賭けですけど。

平成という年の最後にいろいろありました。それでも自分のやりたい仕事をやって、4回目の個展も無事終わらせ新年を迎えられます。新しい年になったら庭中は花いっぱいになります。それから新しく植えた果樹に実がつくでしょう。スモモにくわ、さくらんぼ、サルナシ…。
昨日植木屋が「鹿児島紅梅」の枝を沢山持って来ました。大きな樹を剪定したとか。細い枝先には赤い蕾がふくらんで今にも咲きそうです。玄関口の大きなカメに生けておきました。もうお正月です。新年の仕事はこの紅梅の染めからです。決して華やかな赤い色にはならないのですが、透明な薄橙色にはなります。この色は黒豆の静かな青と組み合わせると、ほのかに輝くのです。春が待ち遠しくなりました。

今年も沢山の人とお手紙のやりとりをしました。けれど毎年音沙汰のない人が増えてきて案じております。もう昭和1桁生まれは残り少ないのでしょう。淋しくなります。どうぞ、みな様、あっちを向いても、こっちを向いても大変な事ばかりですけど、お元気で新年を迎えられますよう。蛇足ですが「こっちゃんカレンダーの、こっちゃんと猫達を見たら元気になる」と話してくださったお年寄りがいました。
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2018年11月20日

「秋の日に」

立冬も過ぎ22日の小雪を迎え、朔風払葉(きたかぜこのはをはらう) 橘始黄(たちばなはじめてきばむ) 閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)、そして大雪へと季節は移ります。異常気象といわれていた今年の紅葉はどうかしらと心配していましたが、灯籠の陰のもみじの古木も見事ですし、ザクロも柿も桔梗さえも彩りを添えています。やはり秋はすばらしいです。つくづく空を見上げてしまいます。

畑の方は昨日やっと最後の丸ナスを全部収穫し、抜いて耕しました。握り拳より大きなナスが9こ、たった2本の苗を育てたのが、私の背より大きくなってしまい、夏中楽しみました。料理はいたって簡単、4つ割にしたナスを油で揚げて、味噌とシソの実とゴマと干しエビとユズの皮と汁と味醂とあわせた中で煮込むだけ。残念な事に今年は山椒の実が少なく、入れられませんでした。冷やしてもおいしく、当分の副菜になります。大根もチンゲン菜も白菜もやっと育ち始めました。あと、カラーピーマンだけ、緑色の大きな実をつけて風に揺れています。花壇の方は娘が懸命に花を植え込んで、大分冬の装いになってきました。なにしろ花が咲かないと絵が画けないのですから。次の個展にはもっと趣向を変えて絵とシャツのコラボを画策して150号のキャンパスを立てています。

私のシャツの方、やっと経糸がかけ終わりました。この1ヶ月毎日染めてました。それが同じ玉ネギでも色相が異なり、首を傾げつつの仕事であり、最後に使った「蘇木」(そぼく) これは蘇枋(すおう) の事で (薬種問屋では蘇木と呼んでいる) 紅を染めるには下染をしたり媒染したりで手が掛かり、この度は大きな鉄鍋で煮出したところ、赤色がついても水洗いで全部落ち、紫色だけが残った始末。まあこの色でもいいかと敢えて無媒染を貫いて綿と糸を染めて、現在整経し終わり、緯糸を紡ぎ、妙に派手になった経糸に緯糸の色を暗中模索の状態。明けても暮れても糸を紡ぎ、色の事を考えていると、自分が今年「年女」だったことも忘れてしまいます。しかし難しいものです。この調子で次の個展に新作が飾れるでしょうか。先日も整理する為、シャツを全部出してみました。20年前のは大まかな格子で緯糸も太く、娘と、「寝間着にしましょう」と言って別にした状態。「わたしは、朝も昼も、外仕事の時も、他所行きの時も、寝る時までも、この型のシャツを着るんだから…」と、ボヤいてました。まあいいでしょう。どうせ私だって毎日娘の焼いたタルトとかパイとか試食させられ、猫の尻尾を引っ張らせられているのですから。鶏はもう卵を産みません。でも元気です。食卓には冷凍させてあった卵を使っています。料理をするのは私の仕事、おやつは娘の仕事、いつまで続くでしょうか。

NHKの「人生100年時代を生きる」を見ました。簡単に「特別養護老人ホーム」にも「サービス付き高齢者向け住宅」にも入れない事を知ってびっくり。自分が要介護いくつなのかも知りませんでしたし、介護保険がどのように使われているかも全く無関心でした。ただ日常の会話の中で、不謹慎にも「お母さん、そんなうるさい事言うと、老人ホームに入れちゃうよ」と言われてましたけど、とんでもない事。自分はどのように生きて、終わりを迎えるかなど考えてなかったのです。ただ、おいしい物を作って食べて、野菜を育て、花を愛で、きれいな格子のシャツを作る事、そして1週間に1度だけ買い物に出、そして温泉に入りに行くだけ。
今年も終わります。あと1月です。無事に過ごせますように。
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2018年10月23日

個展が終わって

季節はもう霜降、72候でも霜始降(しもはじめてふる) 霎時施(こさめときどきふる) 楓蔦黄(もみじつたきばむ) そして立冬になります。寒かったり暑かったり台風が続いたり全く変な気候で、体の方がついていけないような。
裏庭の渋柿は全部収穫し、ホワイトリカーで渋抜きし食べてしまい、柚子を囓って、八朔の熟れるのを待っている次第です。もっとも昨年植えた「さるなし」が小さな青い実をつけ、まるで「一口キウイ」のような美味なものでケーキの上に飾りはしたものの、キウイには適いません。無花果も小さくて固くて、今年は食べられるかどうか…。とにかく変な気候でした。これは畑も同様で、何回種を蒔いても虫に喰われ大根さえ本葉が育ちません。元気なのは夏野菜で残っているナスとパプリカとトウガラシ位。それにニラも旺盛に花をつけ、献立も夏なのか秋なのか不思議な状態です。
この事は人間も同様らしく、毎年私の個展にお見えになっていた方々が姿を見せませんでした。その後のお便りに、足が悪くなったり、耳が遠くなったり、腰を痛めたりとても外出は不可能との事でした。1年半に1回ここのギャラリーで逢うことを唯一の楽しみにしてましたのに残念な事でした。もう私と同じ位の年ですから仕方のない事です。「やっとこの夏、生きて過ごしました」という言葉には肯首くだけ。それから「気候だけでなく、世の中どこを見ても聞いても悪いニュースばかり、もうテレビも新聞も見ず、天井を眺めて寝てるの」というお友達には何と答えましょう。

無事個展が終わってホッとしています。この二ヶ月間の忙しかったこと、時間がないとか用意しきれないとかでなく精神的にどこに焦点を置いてよいやら、あっちこっちも痛くなって、でも終わったらケロッとしました。さすが4回目となると会場のレイアウトも分かってきて、小さな額の後ろにシャツの布を張ったのは成功でした。それと入口近くに娘の100号の絵は圧巻でしたし、その前のマネキン5体は表を通る人々もつい足を止めて眺めてました。新作の緑のシャツは上々の評判で、これからもこれ位の細い色の組み合わせに時間と労力はかかっても挑戦しようと改めて次の個展に向けての決意を固めた所です。不思議だったのは、一番奥にそっと掛けておいた50号の「台所とこっちゃん」の絵を眺めていた人が大勢いたことです。そしてその台所を画いた絵葉書が品切れになってしまった事も解せない事です。シャツと共にやはり裂織のコートと帽子の組み合わせは絶品だったのです。でも「売りません」と断るのに私も娘も辟易しました。

カレンダーはどうも関心が薄く、原画を飾っても、見本を出しても、毎日新聞の紹介記事を貼っても、シャツの方に足が向いてしまい、在庫を作ってしまいました。娘と二人、「絵が悪かったんではないし、装丁には充分気を使ったし、どうして目に留まらなかったんだろう」と反省しきり。「こんなに可愛いこっちゃんと猫と鶏とお花なのにね」とぼやいている始末。ただ一言「カレンダーなんて必要ない」という事でしょう。残りは近隣の学校や図書館に寄附しようと用意しています。「図書館の読み聞かせに使う」と言って求めた方がいましたから…。どこか適当な所があったら教えてください。
今年もあと二ヶ月、元気に84才の誕生日を迎えられる事を幸せに思います。

尚、カレンダーをお買い求め忘れた方、お買い求めになりたい方は、こちらから購入いただけます。
こっちゃんカレンダー2019
posted by ヨシミ at 17:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月19日

個展の用意

白露も過ぎ秋分を迎える頃になり、鶺鴒鳴(せきれいなく) 玄鳥去(つばめさる) 雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ) 蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ) そして季節は寒露へとなります。

今年は例の如くとはいかないかもしれません。我が家の渋柿が夏の暑さのため小さいまま甘くなって、渋抜きの焼酎の出番がなくなってしまい、畑ではナスとピーマンが盛りになり、秋野菜と競合しています。
夏の間中、雨不足で山口県の「花博」も心配の状態でしたが無事開幕しホッと一息です。天変地異にはどうしようもない事とはいえ、少しでもそこに人間が作用しているとしたら、一人一人が心しなければならないでしょう。例え1枚のレジ袋であり半切れのラップであっても。

念願の「こっちゃんカレンダー」が仕上がり、個展会場には原画を展示します。さすがに印刷屋が何回も校正しただけあって色が美しく出て、仕上がりに満足しています。会場で販売しますし、遠い方にはネットでも申し込みいただけます。
関ヨシミ公式サイト
「山口の花博」に負けない四季の花々とこっちゃん達です。個展会場では、私はコートを2点マネキンに着せます。一点は大人用のダッフルコート、素材は黒の絣の経糸に藍染浴衣の裂織の緯糸、少し重くなったのが難点ですが温かい事抜群、取り外し自由なマフラーもお洒落で、娘はこれにケンゾーのオレンジのフェルトの帽子を被ります。もう一点はピンクと白とねずみの格子、こちらも裂織ですが子供用に丸衿でボタンホール、衿、ポケットに革をあしらってあり可愛いコートです。私が個展に裂織のコートを出すのは初めてで是非みなさんに織物とは実用である事を肝に銘じて取り組んで貰いたいと思ったからです。布を裂いたものをそのまま機にかけずに、一度糸車で縒って整えてから緯糸として使う、手数はかかっても仕上がりはきれいですし、丈夫になります。これは私が今まで作ってきた何枚もの敷物も同様ですが、衣類等は着たり洗ったりする物ですから尚更です。
シャツは新作3枚と、今までお見せしなかった秋の色5点です。帽子は5点、袋物は3点、ベストが3点、これで野や山に行く格好なのですけれど、空は晴れるでしょうか。アトリエ前庭の金木犀の香も一緒に堪能していただきたいものです。

個展もこれで4回目、次は記念の5回目なので少し大きい会場を借りて私の作品タペストリー3点も含めて全部展示してみようかとも思っています。娘も「100号を何枚画こうかしら」とすでに夢は次に移っています。これも何のトラブルも起こらなかったらの話ですが、西日本の方、北海道の方、多くの人々がどれほど夢を絶たれたことでしょう。ニュースを聞き映像を見る度に何かお手伝いはと思います。自分が精一杯生きる事がその方々への励みになる事を信じます。
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2018年08月22日

終戦の日に

暑さもやっと一息で処暑を迎えました。七十二候の通り綿柎開(わたのはなしべひらく) 天地始粛(てんちはじめてさむし) 禾乃登(こくものすなわちみのる) となるのでしょうか。新聞の投書に小学生が「大人はエアコンをつけて涼しくするのが嫌いなのでしょうか」とありました。あまりにも高齢者が部屋でエアコンを作動させずに命を落とした事故が多かったからでしょう。涼しく快適に老後を過ごすことは誰でも望みます。けれどそれが出来ない事情があるという事を子供は理解出来ないのです。我が家でもこの夏の電気代の高かったこと、娘の「命の代金だね」 という言葉に納得し、甘んじてそれが受け入れる事が出来たのは幸せと思わなくてはなりません。もう少し国には「熱中症に注意」とばかり唱えないで手立てはないものなのでしょうか。

又再び終戦の日を迎えました。どのメディアも挙って戦争の悲惨さを報じています。けれどもう73年も過ぎ、いつまでも若い世代にこれでいいのでしょうか。私は確かに戦争を知っている年代です。けれど伝えようにも、防空演習も敵機も出征兵士も何も知らないのです。東京に住んでいながら。ただ新潟に疎開して、「ソ連軍が攻めてくるから竹やぶに逃げろ」といって、ブラウスを全部緑色に染めたのが一番です。そして終戦の日、掲示板に貼り出された私の習字「大君のへにこそ死なめ」が取り外されたのです。母が闇市でララ物資の粉の袋を求め、私と妹のショーツを作りました。こんなこと、戦争の悲惨さには入らないのです。だから語り部にもなれないのです。もうすぐ人生が終わろうとしている時、息子や娘に何を伝えてきたか…。この暑い夏の日に、戦後、母が大枚をはたいて仕立てた布団の綿をシャツに変身させて来ただけなのです。緑色のシャツをです。そして戦後の復興と共に莫大な消費生活を見、ゴミの山と、性能のすばらしく良くなった、ダイオキシンの出ない炉を見、レジ袋廃止の運動も中断し、ゴミの分別に安心しきって生活しているうちに、世界中の海は汚染され、気候変動に脅え、これでもまだ戦争の悲惨さだけとらえてよいのでしょうか。その反動から豊かさを求めて歩んできた70年はどう評価するのでしょう。私の家の近くにも、田畑が潰されアパートが出来たのにつれ、コンビニが2店も出来ました。

暑い暑いとボヤキながらも個展の用意をしています。新しい型の帽子ブルトンを4個作ってはみたものの、何と難しいことか。何でも挑戦とは言うものの、何回娘の頭に載せた事か。今年は裂き織のコート2点マネキンに着せます。カレンダーの方は校正の最中、もうすぐ仕上がります。どうぞお楽しみに。
山口県ではこの秋「花博」を開催します。ところが渇水状態で花が枯れて大童。カレンダーにはこの花博に因んで四季の花を沢山画いたのですが…。我が家の花は元気です。それから戸袋で産まれた猫たちも元気です。
posted by ヨシミ at 16:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月22日

暑い夏の日に

西日本豪雨で被災された方々にお見舞い申し上げます。あわせてお電話を下さったみな様、どうもありがとうございました。おかげ様で私の所、山口市は大きな河川に囲まれてはいるものの、水害の難からは逃れました。つくづくハザードマップを注視した次第です。季節は大暑、それにしても暑いです。桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ) 土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし) 大雨時行(たいうときどきふる) そして7日の立秋になり涼風至(すずかぜいたる) と暦にはありますが「みんな嘘だ」と叫びたくなる心境です。毎日毎日「熱中症」のニュースばかり見聞きしていると、ちょっとした仕事をしても心配になり心臓がドキドキし、返って悪影響です。

やっとシャツを織り終わり、3枚仕立て上げました。緑色のシャツです。5月から染め紡ぎ始め、新しい格子の組み方だと意気揚々として取り掛かってはみたものの、あまりにも細か過ぎて大変で量がいかず、紡ぐ手は痛くなるし、織る腰は動かなくなるし、もう嫌だの連続でした。縫製する時も、緯糸の色数が多すぎて左右合わせるのが一筋縄では行かず…。もうシャツ作りはやめたの宣言を娘にしたら、ただ一言「…に入れてしまうよ」。それは大変。やっぱり娘の作るチーズケーキとアイスクリームを食べて次のシャツに取り掛かります。平均寿命まで、まだ当分ですから。とは言うものの、きれいなシャツが出来ました。秋の個展のメインです。
「こっちゃんカレンダー」も校正に入り、9月には仕上がります。娘の画く「こっちゃんと猫と鶏」の絵をそれぞれ12ヶ月に纏めた楽しいカレンダーですが、印刷にかかってみると原画の色がどの位忠実に出るか、校正を何回も繰り返し、念入りにしていますが、なかなか難しい仕事だと印刷屋もボヤいていました。以前から絵本を手掛けてもらっているので、きっと大丈夫だと思っています。300部だけ作り、自分と娘が元気で第4回目の個展が開ける証しにしようと思ってます。

我が家の小さな畑もこの暑さの中、トマトだけ元気です。大玉も中玉もミニも食べ切れません。逆にナスもキュウリも水不足なのでしょう、成長がよくありません。採れる物を食べて夏を乗り切る事にしましょう。涼しくなったら意外な物が大きくなるかもしれません。電気がついて、水道が出て、これだけでも幸せです。被災地ではあと1ヶ月位、水が出ない所もあるようです。何かお手伝いが出来ないかと考えますが、娘の「自分が救急車のお世話にならないのが一番」という言葉に納得です。
異常気候は、これが当たり前になるのでしょうか。自分達の一つ一つの生活から産みだした事が地球温暖化へと繋がっているのでしょう。「室温は28℃に設定しなさい」という。電気を使って家中を冷やさないと命に関わるという。まるで自分のシッポをかじっているようで…。ここでおもしろい話を一つ。野良猫が、雨戸の戸袋の中で、子どもを産んでしまいました。さて、どうするか。大丈夫です。おかあさん猫がいますから。
posted by ヨシミ at 19:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする