2022年09月24日

米寿の個展

今度の台風14号のものすごさ。停電や断水にこそならなかったものの、すごい風。もう家ごと吹き飛ばされて、目が覚めたら…なんて思いながら布団の中に潜っていました。幸いなことに母屋の屋根瓦が10枚位落ちただけで、庭木も灯籠も無事でした。ただし私の仕事部屋の3階の屋根の棟の天辺の瓦が落ちたもので近所の方々から「落ちてますよ」と御注進しきり。猫も無事でした。

秋分も過ぎ、寒露を待つばかり。雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ) 蟄虫坏戸(かくれたるむしとをふさぐ) 水始涸(みずはじめてかれる) 涼しくなりました。次の台風に備えて雨戸をそのままにと思いましたけど…やっぱり暗いのは嫌です。台風一過の青空を眺めることにしました。「どうぞ来月の初旬まで台風が来ませんように」と誰にお願いしましょうか。個展があるからです。10月7日から10日迄、いつものギャラリーラセーヌで米寿の記念と称して開催します。令和2年4月以来ですから、作品も溜まりました。もっとも、その間、SDGsに因んで、山口放送で放映されたり、みなとみらいで展示されたり、高校の先生方の訪問を受けたり、忙しい日を送ってはいたのですが、やはり地元の人々に新作をお見せするのが一番嬉しいことなのです。そして「あら、お元気だったの」と言葉を交わし「まだやってるの」と憎まれ口を叩き、おじさん面になった教え子に会い…でもコロナの為、東京からの後期高齢者になった教え子には会えません。又の日を待ちましょう。

私のシャツは例年通り。新作8点、それに100号のタペストリー。絹地の裂き織り、紙布の帯も何点か出してみようかと思っています。娘の絵のサブタイトルは「こっちゃん なにしてあそぼう」です。150号や100号の絵は、足の踏み場もない位のおもちゃと雑貨。あと絵本の原画。これで6回目の個展ですが何回やっても飾り付けは難しいもの、娘の絵の傍らにどんなタペストリーを掛けたらよいか。残る数日が山場です。家中を会場に見立てて止めたり吊したり、猫の手も借りたいとはこの事です。しかし、どんなに大変でも米寿の記念にまで辿り着いたのは嬉しい次第です。

15号の台風が近づいているニュースを聞きながら温暖化に対する1.5℃の約束はどうやって実行したらよいのか個人個人の問題とはいえ頭を抱えてしまいます。コシヒカリの「白未熟粒」海洋熱波によるサケの大量死。大豆も海苔もコーヒーも牛乳も、あらゆる食品に影響は及びます。食の未来を消費者としてどのように考えたら良いのか。子どもたちに「食育」の指導をする時、単に何を何カロリーというだけの問題ではなくなっているのでしょう。でもちょっと明るい話題として「バイオ炭」とか「天ぷら油」とかの話は進めて応援したい問題です。温暖化と私の個展と何の関係があるかと言われると、答えが出ないかもしれません。けれど何か貢献していると信じて、白寿迄続けます。
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2022年08月24日

やっぱり敗戦

今年も終戦の日を迎え、もう77年経ったのかとつくづく思っています。10才の夏でした。集団疎開の伊香保から縁故疎開の新潟に移り、ソ連軍の攻撃に備え白いブラウスを竹藪に似せて緑色に染めた夏の事でした。焦土と化した東京で辛うじて焼け残った我が家に戻って敗戦という事実に向き合っての生活が始まりました。終戦じゃないのです。敗戦なのです。

季節は処暑、綿柎開(わたのはなしべひらく) 天地始粛(てんちはじめてさむし) 禾乃登(こくものすなわちみのる) そして白露になります。昨年と異なり暑い日が続き、畑ではトマトが花は咲くのですが、実のつきが悪く案じています。ナスは元気で食卓を賑わして娘に「また〜」と言われて御菜作りの私、面目なしです。毎年作っても自然相手の野菜作りは思うようにならず、種を蒔いた高級品種のカボチャは実らず、自然に鶏の肥料と一緒に出た野生えのカボチャが10個も実りました。あんまり美味とは言えず、クッキーになったりカレーに入ったり、贅沢になったものです。戦後の庭はカボチャ畑でした。おかげで命を繋ぐことが出来、私は今でもカボチャは大好きですけど…、兄は食しません。それぞれの敗戦だったのです。

仕事場では、やっと織り終わり縫製にかかりました。地の色の綿が不足して、今度はシャツ2枚です。残りの経糸に怖がらずに種々の糸を入れてみて経と緯の関係を頭に叩き込んで次のシャツに挑戦です。どうも微妙な色の交差の点が私にとって難解なところです。まだまだ修行不足ですがモデルになる娘がいて幸せです。戦争中には、戦地にいる息子のため、自分の布団の綿を解して靴下を編んで送ったという逸話が残っています。私も60年前の嫁いだ日の布団があと2枚残っています。どうしてもこれをシャツにしてから母の元に行きます。人間がそれぞれ死に様を選べるのだったらですけど。

先日、市から米寿のお祝いの金一封を頂きました。よく生きていたものだと思いながらも、だんだん同年齢の友が少なくなってくると、誰がこの敗戦国を生きてきた意味を伝えるのだろうと思ってしまいます。メディアでは今年も戦地での教導が多くありました。それだけではないのです。前の日まで講堂に飾られていた私の習字「大君のへにこそ死なめ」が取り去られ、奉安殿がなくなり、教育勅語を唱えなくてもよくなり、教科書に墨を塗って、ミカン箱を持って新制中学に通ったことは、敗戦だからこそであり、戦争が終わった時に改めて、庶民の戦争が始まった事がわかるでしょうか。そこから平和と民主主義が生まれ、みんなで誓ったのです。「産めよ。増やせよ」といわれ、戦争に加わる若者を増やすため、母親が自分の体を犠牲にしてまで産児制限など夢のまた夢。それを越えての今なのです。敗戦があっての平和であり、民主主義であり、憲法であり、私達の世代でもあるのです。残り少ない人生ですが…。
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2022年07月31日

むずかしい世の中

暑い日が続きます。24節気では大暑。72候では、桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ) 土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし) 大雨時行(たいうときどきふる) そして立秋を迎えます。昔の農家の人々はこの指南書に従って収穫したり種蒔きをしたりしたのでしょう。今はもう休耕田ばかりで、ただ草刈りの機械音がするばかり。せっせと野菜を作っているのは私の家だけで、スーパーは大賑わい。今年も夏野菜はよく出来ました。冬のために、漬けては冷凍し、干しては冷蔵する毎日です。花壇も花盛り。初めて直径20pもあるタイタンビカスが真紅の花をつけました。子猫も大きくなり、親猫はせっせと家の周りに連れ出し、昨日は道路を渡る練習をさせていました。無事に育ってくれたらいいのですが…。

私の仕事場、やっと緯糸が決まり織り始めました。ちょっと桃皮で染めた肌色が薄く気になるのですが、まあ秋の個展に飾るのには…と思い、上田紬の藍のパンツに合わせてマネキンに着せようかしらと織り進めているところです。この次のシャツはもう少し赤を強く基調にしたいのですが、やはり難しいでしょう。

この1か月はいろんな事がありました。私のように10年1日の如く朝はラジオ体操から始まってお風呂に入って、おやつを食べて…こんな平穏な生活をしていて終いはどうなるのかしらと思ってしまいます。まあこれが平和であり最高と思わなければいけないのでしょう。「元首相への銃撃事件」勿論こんな形で命を絶たれた方は気の毒です。だけれど「どうして」という疑問は残ります。普通だったら「おとうさん、おかあさん」です。困った事があったら一番頼りにする筈です。その両親とも駄目だったら、誰に頼るのですか。それをみるのが社会であり、政治なのでしょう。この犯人も発信はしてたようですが、誰一人、受け止めてなかったようです。今の時代、SNSで発信し何万の人が読んでいることが話題になります。けれど無視されているのか、気に留められてないとか…不思議な世界です。

物価は上昇して中低所得者層の生活を直撃し「スクリューフレーション」という現象が深刻化しているそうです。つまり締め付けプラス物価上昇ということで給料は伸びず、物かが上がり、ますます家計への影響が大きくなるようで。
政府は「所得倍増」を打ち上げ、池田勇人元首相の「所得倍増計画」と同じかと思ったら、その言葉の前に「投資による資産所得倍増」とあり、低所得者で明日の米代にも困る人々には関係ない事がわかりました。
肥料が高くなったから「下水処理場の汚泥を使う」という…確かに良い事だと思うけれど、「今の洗剤が流れ込んでいるその処理はどうするのか」完全に取り除けるのか心配は尽きません。むずかしい世の中です。
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2022年06月27日

平和ということ

夏至も過ぎ梅雨も本番、ここ山口市の日の出は5時4分、日の入りは19時30分、外仕事を終えて家に入るのがもったいない位。夕焼けの空を眺めながら「平和ってこんな色かしら」と沖縄の慰霊の日を思い、ウクライナの戦禍に心を痛め、それに加えアフガンの地震の救済難航にも国際機関の支援が待たれることを想像し、改めて平和という二文字の手に入ることの難しさを感じます。沖縄の小学二年生の女の子が式典で言っていたように。

今年は梅の実が豊作だったのでしょう。我が家の白梅も紅梅も収穫でき、購入したのと合わせて15s以上梅干しと酢漬けにしました。夏野菜も実り始め、キュウリ、トマトが食卓に上り始めました。種から育てたピーマンの類が成長悪く、今年は食べられるかどうか。庭中の花を眺め、野菜を収穫し、飼っている鶏の卵を食べ、薪を燃やし染料を作る、こんな些細な事でも平和だから出来る、戦争でないから出来る…幸せです。いつまでもこの幸せが続きますように。

仕事場では8色の染めた綿を全部紡ぎ終わり、経糸も整経し、あとは機にかけるだけになりました。740本、11mの経糸の糊付けがちょっと弱かったかと雨模様の空を眺めています。あまり同じ姿勢で長い時間仕事していると、首も肩も腰も痛くなり、医者に駆け込んでも「全部やめたら痛くなくなりますよ、その替わり…」と何も治療しません。その替わりでしょう。もうパリコレ見ても心を躍らせる事もなくなることは、わかっています。経緯合わせて20色近くの糸を、どんな格子に組んだらいいのか、このオレンジと薄青が緑にどう作用するか… パリコレのデザイナー達が何千個のビーズを手仕事でとりつけ、絹の薄い布地をモデルの体にまとわせピンを止めていく、それでも気に入らないと鋏を入れてみる、ステージを歩くモデルと一体になった美しさは、ただ目を見張るばかり。まだまだ気に入った格子は組めません。200枚近くも織ってもです。娘はせっせとシャツを着、モデルよろしく買い物に行き、私は「今日は明石にしようか十日町にしようか」等と箪笥の中を物色し、ついて歩く。そしてパリコレの職人も行き着く所は同じじゃないかと納得する、どちらも最高に美しいということ。これから夏本番、芭蕉布の出番です。

屋根裏の猫2匹、2ヶ月経ってやっと地面に降りてきました。もう食べ物にも水にもびっくり。人間にも他の猫にもです。青い目の白いおかあさんから、ねずみ色のクマみたいな子です。一安心。魚の頭を囓っています。人間はそうはいきません。自給率37%、参院選で食糧安保は各党どうにっていますか。有事の備えが必要なのは、この度のウクライナの戦争でよくわかりました。家の近所の田が全部、生産調整のもとにアパートに替わり、水田面積が減り、食品ロスが年間522万トン (WFPが世界各国に行った食糧支援446万トンを超える数になっています) これで自給率を上げようとしても無理なのかもしれません。37%だって、肥料も餌も燃料も全部輸入に頼っているのです。食品ロスは自分達一人一人の問題であると同時に学校給食等も注意しなくてはならない点かもしれません。たとえその廃棄物がエネルギーに替わったとしても。参院選の火蓋が切られ各党とも日本の防衛力強化に力を入れて論戦を張っています。私みたいな昭和一桁の人間にとっては防衛する人間のお腹が空いてたまらないのではないかしらと、フスマのおだんごに舌鼓を打った日の事を思い出してしまいます。日本の食糧の備蓄はどの位あるのでしょう。梅雨空を眺めながら考えました。
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2022年05月28日

考えたこと

ウクライナ侵攻も3ヶ月になってしまい、毎日テレビの放映と新聞の活字に心を痛める日が続きます。その上観光船の沈没、阿武町のご入金と目を瞠るばかり。それでも季節は確実に移り小満から芒種へと続き花壇も畑も忙しい日が続きます。螳螂生(かまきりしょうず) であり、腐草為蛍(かれたるくさほたるとなる) 梅子黄(うめのみきなり) と72候にはありますが、今年はまだカマキリの孵化が見られず、テントウムシがそろそろです。コロナも大分落ち着いて一の坂川の螢祭りもありますし、このまま秋までに終息を迎えて欲しいと願っています。秋には6回目の個展を開きますから。

仕事場では和裁の道具は片付けて一向綿を紡いでいます。朝から晩まで染め上がった綿を糸にするのですが、この仕事は1番おもしろくない事で何十年やっても同じです。手も足も腰も痛くなるのですが医者は「それなら紡ぐのをやめなさい」と言います。そんな事出来るわけないのに…。治療も薬もなく変な会話だけです。古いヤマモモの幹の皮を煮出して淡い黄色を染め今度のシャツの地の色にします。白い綿とあまり変わらない色ですが、織ってみるとその「ちょっとした色」がとても重要なので疎かには出来ず何回も何回も煮立てます。8月の暑い盛りには機にかけられるでしょう。

畑では種から育てた夏野菜の植え付けが始まりました。耕して肥料を入れて支柱を立ててネットを張って、みんな娘の仕事です。私はただ収穫と加工と、それから農薬作りで大忙し。ミカンの皮、ドクダミの葉、ニンニクにとうがらし、それに加えてカモミールにコーヒー滓、ぬか漬けの汁にヨモギ、それにミント類もタンクに入れて発酵です。それがどれ程農薬として通用するかわかりません。ただ口に入るだけの野菜と鶏達が食べる葉物と、端境期に食べる為の冷凍やら乾燥した野菜が穫れるだけで満足としましょう。庭は花盛りですし野良猫も元気です。一匹の青い目の白いおかあさん猫が屋根裏で子供を育てています。2匹いるようです。そのうち降りてくるでしょう。もう一匹のぶちのおかあさん猫が子供を3匹ともとられてしまい、それを見ていたから用心しているのです。

ここにはまだ平和があります。それでもウクライナの戦争によって世界中が食糧不足に陥るとは。風土の7割の農地を持つウクライナの倉庫には港が止まり山積みになった小麦があり、自給出来ない中東やアフリカ諸国では既に被害が出ているとか。とにかく戦争を止めるのです。それしか方法はないのです。富める人々は高い代価を支払ってでも手に入れる事は出来ても…。いつの時代でも同じです。

話はもっともっと身近に考えて、地球温暖化も巨大火災もマイクロプラスチックのことも「原因はそれだけではないかもしれない、けれどその事も原因の1つになっている事は確かである」と唱えている研究者がいました。だからビニールの袋は有料になったのです。私も台所用品はほとんど鉄かステンレスです。けれどこの頃、洗濯物を干す竿を見たらピンチが全部プラスチックで、最近劣化が進み、どんどん割れていました。細かく粉状態になってしまいました。これがマイクロプラスチックなのです。花壇にも畑にも、干した布団にもシャツにも付着するのでしょう。全く迂闊でした。1本の竿に20個はついています。家中10本以上の竿に…、計算すると怖くなりました。無蛍光のオーガニックの布も意味がありません。やっとステンレスのピンチを見つけました。さて、古くなったプラスチックのピンチをどう始末するか…。本当に小さな事です。でも現実です。夏を迎えて花菖蒲を眺めながら、そしてお茶を嗜みながら考えたことです。
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2022年04月27日

ただ平和を

穀雨も過ぎ立夏を迎えるばかりですのに、今日の最高気温の予報は27℃とか。どうなっているのでしょう。牡丹華(ぼたんはなさく) 蛙始鳴(かわずはじめてなく) 蚯蚓出(みみずいずる) 竹笋生(たけのこしょうず) と小満、芒種へと移りますが、まだ池の蛙は鳴いていませんし、畑でみみずも見ていません。たけのこもまだまだ食卓には程遠い模様です。モンシロチョウもやっとで、今年のキャベツは無事でした。もう節気の区分は合わなくなっているのでしょう。温暖化のため。まあ人間は着たり脱いだり、ストーブを出したり、エアコンを調節したり…、しかし花も野菜も鳥も虫もどうしましょう。第一、ガソリンも灯油も電気もみんな値上がりして、それもシェルターに1か月も避難しているウクライナの子供達の事を思い遣って我慢です。戦争とはいつでも一人の指導者によって始まるものなのです。それを誰も止められない。不合理な事です。数え切れない程の死者を出し、国土を焼失し、それでも足りなくて原爆を使われ、敗戦を迎えたあの時の日本を思い出します。世界中がきな臭くなっている今こそ、日本の立ち位置が重要になってくるのでしょう。先日山口市議選がありました。小さな市の選挙ですが、これが国政に繋がるとなると、疎かには出来ません。戦争を知らない議員達にしっかり勉強をしてもらいましょう。

この私、着物を仕立て始めて1か月、4枚目を仕上げて中止です。さすがに覚えていて、以前より手が奇麗になって、切り躾も難なく出来、シャツ200枚は「伊達じゃない」とほくそ笑んだこと。4枚の中にはもう3代も前の大島があり、解いて洗ってみるとあちこち接ぎ合わせたり、袖丈が短かったり、苦労して仕立ててありました。それをまた仕立て直したのですからすごいものです。これこそSDGsでしょう。日本人は昔からこのようにしていました。幸田文さんの文の中にも父、露伴から手解きされた旨がありました。今の若い方には難解でしょう。和裁に接してないでしょうから。明日から染めにかかって、シャツの経糸を整えます。桜の小枝がよい色に染められるとよいのですが…。

前の家の赤目ガシワの垣根が我が家の借景になって築山の灯籠も蹲いも映え、お茶を点てるのによい季節になりました。娘の着物姿も板に付き、午後3時のおやつはお茶にしました。

花壇はもう花盛り。苔むした岩の前に赤いチューリップなんて想像できますか。その前を猫がそわそわです。春ですから。

畑では夏野菜の準備に大童。土を天地にひっくり返して日光浴させ、木灰を撒く。鶏小屋の中の土を一輪車で運び出す、みんな娘の仕事。私は木灰をひたすら作るだけ。秋に剪定した枝を毎日燃やしてお茶のお湯を沸かすのです。ここには平和がありますけど。ただ世界中の平和を祈るだけ。
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2022年03月29日

忘れること

春分を過ぎたのになんと寒いこと。片付けた冬物の下着をまたひっぱり出した始末。それでも桜始開(さくらはじめてひらく) の言葉通り、大学正門の桜が咲き始め、卒業式もありました。袴姿の女の子と付き添いの親達の晴れがましそうな顔、ちょっぴり遠い昔の事を思い出しました。1957年のことです。

秋に予定している個展の為のシャツ9枚は仕上がり、タペストリーも3種類揃い、あとは会場の配置を考え娘の絵を待つばかりになり、3台の機はしばらくおやすみ。染める事も紡ぐ事もです。これからの私の仕事は着物を仕立て直すことで、裾が解れたり、襟が汚れたり、袖丈が長かったり、普段外出には着物を愛用している為、傷みがひどくなり、もうどうしようもなくなりました。今更シャツは着られないし、人様に頼むことは出来ないし、意を決して裁板を持ち出しました。袷の仕立てはもう10年振りになり、ノートを見ながらで、まったく "だらしのない" 始末。留袖から振袖、訪問着から喪服まで両手に余る程仕立ててきたのに、肝心の留の部分がわからなかったり裾合わせが下手だったり…これは一体どうしましょう。「体が覚えている」なんて「うそ」です。まだまだ生きて着物を着なくてはならないのに。裁板の上に両袖を置いて考えていたら眠れなくなりました。「ボケル」とか「認知症」とか…。春になったら娘にもう一度「着付け」をきちんと教え、お釜をかけようと思ってますのに。蹲踞もきれいに手入れしました。椿も咲いてます。主菓子も上手に作れるようになりました。お客様はだれにしましょう。この家に引っ越して30年以上になります。どうしても椿の垣根が欲しくて種を蒔いたのが今年は何本も花をつけました。それがみんな親株とは異なり赤い侘助がピンクになったり、乙女椿が単になったり、大きなイブキの下にフクリンの紅い花が咲いて庭師もびっくりですけど楽しいものです。

こうしてゆっくりとお茶をいただき、庭を眺めていると、ウクライナの事が嘘のようです。でも現実なのです。私達の世代が経験してきたあの戦争が又起こっているのです。絶対に忘れてはいけない戦争です。先日の大統領の日本によせたメッセージ、もし過去の戦争の時、日本の指導者の誰かが…とつい想いを馳せてしまいます。宝田明さんが亡くなりました。私の高校の1年先輩で、演劇の上手な人でみんなの憧れの的でもあり、とても大人でした。反戦を訴え、平和を望んでの生涯は頭が下がります。時々私もプラカードを持ってスクラムを組んで叫びたい衝動に駆られます。どんなに両親が苦労して戦時中を乗り越え、戦後に子供達を教育し育ててきたか…私達大人は子供に何を教え、何を残してやれるか…

花壇は春の花で満開です。昨日、野良猫の「迷い子ちゃん」が病気で死に、隣の "ネコトモオバサン" の畑に埋めました。その上にビオラの花を沢山植えました。娘が種から育てた花です。ウクライナの人々には花もありません。
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2022年02月26日

シャツと家庭庁と

昨年の今頃はびっくりするような暖かさでした。ところが今年はどうでしょう。びっくりするような寒さです。室内でエアコンをつけても寒く、ストーブも身近に置いて仕事です。しかし白梅は満開ですし、紅梅もちらほら、蝋梅はもうすぐ終わります。メジロも番で飛んできて猫に追いかけられています。やっぱり春なのです。季節は雨水も過ぎ啓蟄、春分へと移ります。霞始靆(かすみはじめてたなびく) 草木萌動(そうもくもえうごく) 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく) 桃始笑(ももはじめてさく)。コロナの最中、無事に桃の節句のお祝いが出来るでしょうか。

仕事場ではシャツが織り終わり、縫製にかかっています。何十枚織っても裁断する段階になると左右の色、中心の格子と気に入らない事が多く、その上色斑があったりでその都度娘に「これは、あなたのよ」と印をつけます。娘は「うん、畑仕事用と、木登り用と、最後はパジャマかしら」と言います。そうして本当にもっともっと最後は台拭きになり、染料を作る時の竈の下へです。こうして何十年もシャツを作り続けてきても「これこそ」というのが出来ません。染めた色の状態というより、色の組み合わせの問題でしょう。1本1oの配合ですから。この格闘はまだまだ続くでしょう。綿がある限り、いや命の続く限りといった方が正解です。娘こそ「他のもっと素敵な服が買えないじゃない。」と文句を言いながらも重宝しているようです。まあお互い様です。私だって毎日娘の作るケーキを文句も言わずに食べているのですから。和菓子はまだ下手で、お茶には添えられず、物になったらお釜をかけて花見の宴を開きましょう。

娘と一緒に暮らしていると、子供は何歳になっても、私が介護される年になっても単純に可愛いと感じるし、教えなくちゃとも思う日々です。それがこの頃の我が子に対する暴力、事件は何と理解して良いのかわかりません。2023年から新設を目指す「こども家庭庁」って何でしょう。「親学」即ち「親が変われば子も変わる」という主旨で「家庭の教育力の低下」を指摘し「もっと親は勉強して成長しなさい」ということでしょうか。コロナ禍の中、物価は上がり、働き口はなくなり、どうして親学ですか。賃金を少しでも…というのが政府の役目でしょう。ちょっとでも時間にゆとりがあったら、子供と一緒に台所に入ってドーナツも作れます。精進揚げも作れます。それが出来ないのが今の現状です。「変わっていく時代の中で自分らしく食べていける人間にすること」と教育の基本を唱えていられた柳沢幸雄氏の言葉を思い出します。もっと政府は家庭というひとくくりでなく、個として、ひとりずつを見てもらいたいし、何よりも「やさしく」なってもらいたい…けれど「そんなこと面倒でやってられない」というのだったら失格です。87才の戯言です。
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2022年01月24日

年の始めに

御挨拶が遅くなりました。改めて明けましておめでとうございます。今年こそよい年になりますように。

コロナと騒いでいるうちに季節はもう立春を待つばかり。太宰府天満宮にある「飛梅」から5輪ほど花を咲かせたとか、我が家の蝋梅も黄色い花をつけ、紅梅も間もなくでしょう。水沢腹堅 (さわみずこおりつめる) 鶏始乳 (にわとりはじめてとやにつく) 東風解氷 (はるかぜこおりをとく) 畑では冬野菜が青々としていますし、水仙もスミレも蕾をつけ猫も鶏も元気に冬を乗り越えたようです。どなたにも逢わず、どこへも行かず、娘と2人だけのお正月でしたが、御馳走だけはしっかり作りました。七輪に火をおこし鉄鍋で一昼夜昆布巻を煮、黒豆を炊き、そして伊達巻を3本焼き、煮染も一品ずつ日本酒を煮切り仕上げました。それを大内塗のお重につめてお正月です。勿論お雑煮のお餅は四角の焼き餅、伊達巻に海老、シイタケに大根、ニンジンに上からホウレン草のたすき掛け、ゆずを乗せて出来上がり。毎年の行事ですがだんだんと娘の仕事が増えてきました。どうして今の時代そんなに丁寧に「おせち」をといわれますけど…。私の子供の頃、戦争前(1942年頃) にはお正月となったら枕元に新しい下着、そして下駄、近所の方々からの新年の挨拶の品、女の子供達には頭に飾るリボン、それがうれしくて晴れ着を着せてもらって氏神様へ。畳表のポックリをはいてです。何もなくなった今ですけど、せめて食に関する事だけでも次の時代に残したくて、まあ「ごまめの歯ぎしり」というのでしょう。ついでに書き添えますと、この晴れ着の数々、傷みのひどい布は裂いてタペストリーに生まれ変わっています。

仕事場ではもうシャツの布が仕上がりに近くなり毎日綿を紡いでは織り、紡いでは織りの連続です。昨日、個展の日程を決めにギャラリーに行ってきました。10月の中旬スポーツの日を間に4日間(7・8・9・10) です。ちょっとコロナの事も心配なのですけど「飾るだけでも良し」と考えました。もう2年間も展示していないと目標を失ったようで…。この暮れに、知人の方が亡くなりました。私より6才も上だったのですが、転んで趣味の絵を画く事もならず弱ってしまいました。とても元気で大きな絵を展覧会に出していられたのですが…。娘と2人、考え込んでしまった新年でした。

昨年の暮れから無差別の襲撃事件が目につくようになりました。特にまだ成人に達してない子供が…。私も5人の兄弟の中で育ち、教師として小学生と接し、塾の児童とかかわってきました。自分の子供こそ2人ですが誰ひとり同じ子はいませんでした。豊かな家の子も、貧しい家の子もいました。在日の子も被差別部落の子もです。みんな一緒に学び、それぞれの道を歩み大きくなっています。オリンピックの警備を無事果たしたと便りをくれた子もいます。みんなが医者になり、閣僚になり、社長になったら、誰が土を耕し、木ねじを作り、粉を挽くのでしょう。自分達の両親が毎日毎日モナカの皮を焼いていた事もあるのです。私が家庭訪問した時、新聞紙に一抱えもモナカの皮を包んでくれた事を昨日のように覚えています。それでもその子供達は殺人なんかしませんでした。60年前の話ですから。これも「老いのたわごと」でしょうか。

10月の個展の時にはみんなに会えます。それが唯一の楽しみです。どうぞ今年もよい年でありますように。
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2021年12月27日

年の暮れに

冬至も過ぎ、これからは日の入りが1秒ずつ長くなります。「雪下出麦」(ゆきくだりてむぎのびる) 「芹乃栄」(せりすなわちさかう) 「水泉動」(しみずあたたかをふくむ) そして小寒、大寒、立春へと続きますが、暖かい日があり、せっかく仕込んだ温泉の湯にカピパラが見向きもしなかったとか。そして梅の花もチラホラと。

今年も終わります。忙しい年でした。民放の取材から始まって、横浜のみなとみらいであったSDGsの企画に参画し、この年の暮れになって、山口県の高校の先生方の来訪を受け、その上小学校への出前授業に「こっちゃんといとぐるま」の本を使用する旨、許可を求められたり、娘と二人、目を白黒しました。この「いとぐるま」の絵本は2006年に出版し、2008年に第2刷を出した絵本で、古い布団綿の解し方から、卓上機の操作まで懇切丁寧に書いてあり、バックにはシャツの布を移しているのです。(デジタル絵本化されています)
「こっちゃんといとぐるま」デジタル絵本(無料)
今の子供達に布団綿の事が理解できるでしょうか。「布団の中に綿が入っている」「その綿は、羽でもなく、化繊でもなく、綿の木から…」わからないでしょう。もう20代前半の人にも。「綿づくり」という言葉も死語になっているようで、広辞苑の第二版にはありません。考えてみたら私が嫁いだのは今から60余年前、「唐草模様の一反風呂敷に夜具を包んで」なんて。戦後間もなくの何もなかった頃に3枚の布団に7人塊って寝たことも、みんな夢みたいです。でも現実、30年前には焼却炉で布団は焼かれていましたし、私の手元にはシャツと残りの2枚の布団があります。小学生達が少しでも頷いてくれたら最高です。

今の岸田首相の「新しい資本主義」もベストセラーの「人新世の「資本論」」もよく理解出来ません。ただ、佐伯啓思氏の「「資本主義」の臨界点」(12月18日朝日新聞オピニオンフォーラム) は少しわかった気がします。「富と自由、無限の拡張に疑いの目」という主張には頷けます。「アベノマスク」を「捨てる」が新しい資本主義なんでしょうか。私だったら、マスクを縫ってあるミシン糸を2本解いて、大きな布にし、布巾にします。ゴムはそのまま使えます。
娘に「文句ばかり言って」といわれてますが、みんな税金です。この寒空に住む所もない人々、暖房もない人、そして街を彷徨う子供達、考えてくれてますか。何億というお金が右往左往しているのに。

私の仕事場では新しいシャツの経糸がかかり織り始めました。今までと異なり、はっきりと白を浮き立たせて、ピンクと黄色、濃紺に空色それに緑を添えてちょっと沈め、陽気な格子を作りました。桜の咲く頃にはお揃いのキャスケットと共に、マネキンに着せる事ができるでしょう。

畑では白菜も大根も大豊作。キャベツも花野菜も大きくなって楽しみですし、珍しい事に春菊もほうれん草も青々とし、お正月のお雑煮には添えられます。もうすぐ御節料理にとりかかります。今年も私の背の高さ程の昆布も仕入れました。どうぞよいお年を。
posted by ヨシミ at 17:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする