2018年07月22日

暑い夏の日に

西日本豪雨で被災された方々にお見舞い申し上げます。あわせてお電話を下さったみな様、どうもありがとうございました。おかげ様で私の所、山口市は大きな河川に囲まれてはいるものの、水害の難からは逃れました。つくづくハザードマップを注視した次第です。季節は大暑、それにしても暑いです。桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ) 土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし) 大雨時行(たいうときどきふる) そして7日の立秋になり涼風至(すずかぜいたる) と暦にはありますが「みんな嘘だ」と叫びたくなる心境です。毎日毎日「熱中症」のニュースばかり見聞きしていると、ちょっとした仕事をしても心配になり心臓がドキドキし、返って悪影響です。

やっとシャツを織り終わり、3枚仕立て上げました。緑色のシャツです。5月から染め紡ぎ始め、新しい格子の組み方だと意気揚々として取り掛かってはみたものの、あまりにも細か過ぎて大変で量がいかず、紡ぐ手は痛くなるし、織る腰は動かなくなるし、もう嫌だの連続でした。縫製する時も、緯糸の色数が多すぎて左右合わせるのが一筋縄では行かず…。もうシャツ作りはやめたの宣言を娘にしたら、ただ一言「…に入れてしまうよ」。それは大変。やっぱり娘の作るチーズケーキとアイスクリームを食べて次のシャツに取り掛かります。平均寿命まで、まだ当分ですから。とは言うものの、きれいなシャツが出来ました。秋の個展のメインです。
「こっちゃんカレンダー」も校正に入り、9月には仕上がります。娘の画く「こっちゃんと猫と鶏」の絵をそれぞれ12ヶ月に纏めた楽しいカレンダーですが、印刷にかかってみると原画の色がどの位忠実に出るか、校正を何回も繰り返し、念入りにしていますが、なかなか難しい仕事だと印刷屋もボヤいていました。以前から絵本を手掛けてもらっているので、きっと大丈夫だと思っています。300部だけ作り、自分と娘が元気で第4回目の個展が開ける証しにしようと思ってます。

我が家の小さな畑もこの暑さの中、トマトだけ元気です。大玉も中玉もミニも食べ切れません。逆にナスもキュウリも水不足なのでしょう、成長がよくありません。採れる物を食べて夏を乗り切る事にしましょう。涼しくなったら意外な物が大きくなるかもしれません。電気がついて、水道が出て、これだけでも幸せです。被災地ではあと1ヶ月位、水が出ない所もあるようです。何かお手伝いが出来ないかと考えますが、娘の「自分が救急車のお世話にならないのが一番」という言葉に納得です。
異常気候は、これが当たり前になるのでしょうか。自分達の一つ一つの生活から産みだした事が地球温暖化へと繋がっているのでしょう。「室温は28℃に設定しなさい」という。電気を使って家中を冷やさないと命に関わるという。まるで自分のシッポをかじっているようで…。ここでおもしろい話を一つ。野良猫が、雨戸の戸袋の中で、子どもを産んでしまいました。さて、どうするか。大丈夫です。おかあさん猫がいますから。
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2018年06月21日

ニュースから プラごみ

大阪北部地震にはびっくりしました。学校のブロック塀の崩壊で児童が亡くなるなんて、どのように理解したらよいのでしょう。安全な場所の筈ですのに。何を信じて生きたらよいのでしょう。「お見舞い申し上げます」という言葉も虚しく感じます。

季節は夏至から小暑に移ります。乃東枯(うるきかれる)、菖蒲華(あやめはなさく)、半夏生(はんげしょうず)、となり梅雨の真っ盛り。大雨による被害も心配されます。(うるき…ウツボグサの古名、一説にジュウニヒトエの古名とも)
畑では夏野菜がポツポツ穫れ始めました。しかし野菜も花も果樹も人間の言う事など意に介さず、まことに自分勝手だというのがよくわかりました。大きくなり過ぎたアンズの木をバッサリ剪定し、桑の木を近くに植えたら、今年は近年にないアンズの大豊作。ソーメンウリはわざわざ支柱を建ててやったのに枇杷の木に登り、ゴーヤはニッケの大木にからみつき、かぼちゃなんか鶏小屋の上で「さるなし」と遊んでいます。(さるなし…マタタビ科の蔓性落葉低木キュウイの原種、小さな果実) 庭の灯籠の陰からスカシユリが覗いています。「仕方ないや」と言いつつ毎日倒れないように裂布を持って畑を見廻っています。普通農家ではナイロンの紐で結束しますが、この紐は畑が終わっても土に還らず困り物です。私は木綿のボロを裂いて使います。土も花もみんな生きていて仲間なんですから…。

ここ十日余り新聞やテレビはニュース満杯でした。勿論楽しい事もありました。けれどあまりにも悲しい事が多過ぎました。その中の一番は「海のプラごみ」問題です。「年3億トン生まれていて、リサイクルされているのは1割にも満たない現実。日本は海の恵みを受けているのにプラスチックの1人あたりの使用量が米国に次いで多い」(朝日新聞6/20社説)という、この記事に接して私の感想は「なによ、今さら」でした。
今から40年位前、仲間と、住んでいた田舎町のゴミ焼却炉が壊れ、ゴミを少なくする運動の中で、プラスチックの買物袋をはじめ、あらゆるプラごみを減らす運動を展開しました。勿論その頃は「海のプラごみ」迄の事は考えず、ダイオキシン等の事が中心でした。ペットボトル等今よりずっと少なかった頃です。それから時は移りスーパーの棚はどうでしょう。リサイクルも進み、分別も進んでいます。しかしそれも追いつかないのです。テレビでは健康問題が常時流れています。「魚を食べなさい」そんな事言われてもプラスチックが分解され魚介類に取り込まれ、食物連鎖で動物も人間も悪影響を及ぼされていると思うと、魚が食べられますか。

プラの買物袋を貰わずに古い傘の布で作った袋を持って30年経ちます。この仲間との運動は労働省からも表彰されました。けれど「分別さえすれば…」というのになってしまいプラごみの末路を考えませんでした。この運動を若い人達に繋いでいたらと思うと悔やまれます。せめてあと10年、命のある限り「プラスチックきらい」の生活を続けましょう。先日もスズメバチ退治のペットボトルを小屋の隅からやっと1本見つけました。(スズメバチは私が作ったジュースよりも、市販品の香料等何種類も入っているジュースが大好きで、すぐに5匹捕獲しました) やはりプラごみの事は主婦が立ち上がらないと駄目なのかもしれません。私がもう一度旗を振るには年を取り過ぎました。せいぜい私の家の台所の写真を御覧下さい。何か御参考になるかもしれません。

主婦の友社「ゆうゆう」2011年1月号紹介ページ

肝心な私の仕事、まだシャツは終わりません。秋の個展に間に合うか心配しつつ紡いでいます。その秋には小学校の教え子も来るようで嬉しい限りです。
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2018年05月23日

緑色のシャツ

立夏も過ぎ小満、蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ) 紅花栄(ばにばなさかう) 麦秋至(むぎのときいたる)を経て6月6日芒種になります。季節はこのように移りますが、私の箪笥の中の着物は出たり入ったり、袷を出したり単衣を出したり、数日前は湯湯婆をかかえて寝込みました。夏野菜はもう植え付けは終わったのですが、夜が寒いためでしょうかナスの育ちがよくありません。トマトはカモミールに埋まっても大きくなり、トウモロコシもオクラも芽が出ました。しかし旧暦5月は「僻邪の風が吹く」といわれ病害虫が発生しやすく私の農薬作りにも一層拍車を掛けなければなりません。幸いな事に大きなタンクの中では冬中収穫したユズやミカンの皮が油滓と共にブクブク発酵し唐辛子も加わって撒く仕事が日課になってきました。

私のシャツを作る仕事、やっと経糸が整いました。普通だったら720本の整経位、簡単にやってのける筈が、5o間隔14色を1単位として11m組んで機にのせた所、最後に12本不足している事がわかり、探して半日、整経し直して半日、更に通し直しに1日、こんな事初めてでした。その上、携帯電話からの同性の人を間違えてチンプンカンプンの応答をしたり、娘がアイスクリーム用に消毒までした卵を使って目玉焼きを作ってしまったり、全く落ち込んだことこの上なし。「年のせいかしら」と思ったり、母が晩年、あれ程器用に手仕事をやってきたのが編み物の目数がどうしても覚えられなかったのに、もっと親切に労ってあげたら良かったと反省しきり。尤も娘は「お母さんは慌てもんだから」と一言だけ。そんな事にめげてはいられません。秋の個展に間に合いません。気を取り直し緯糸の設計にかかったのはいいのですが、経糸の5oに対し、緯糸62oと5oの縞にして格子を組まないと収まらず、この度のシャツは観念して機の前に座りました。緑色のシャツです。娘は「私には似合わない」と言います。そして「きっとイギリスのメーガン妃に似合うでしょう」と。まあこの年になって冒険ともいえる色使いになるのですが、それもいいでしょう。去年以来、あっちが痛いこっちが痛いとボヤいていたのがすっかり忘れてしまいました。

この春は7年間生きていた雄鶏が昇天しました。雌鶏が全部いなくなって隠居所に1羽だけ暮らしていました。若い雄鶏に鳴き方も教えてましたし、生を全うしたのです。畑の中に葬りました。今頃何になっていますか…。
世の中は益々騒がしくなって目を覆いたくなる事ばかりです。毎朝新聞を隅から隅まで目を通して、愉快で楽しくて嬉しい事はないかしらと探しています。小さい事でもいい、家の周りの些細な事でもいい、パンが上手に焼けた事でも、アイスクリームが上出来だった事でも、きつねのてぶくろが咲いた事でも、子猫が蛙と睨めっこした事でも… それ以上は望まず人を不幸にせず、みんな豊かに暮らせないものかと思っています。けど、どだい無理な話でしょうね。

[お知らせ]
秋の個展「こっちゃんとシャツ展」はいつもの会場ラ・セーヌで10月13日(土)14日(日)の開催になります。
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2018年04月20日

花畑の庭

なんと忙しい春でしょう。寒かったり暑かったり。季節は穀雨、霜止出苗(しもやみてなえいずる)牡丹華(ぼたんはなさく)となり夏野菜の植え付けの頃となり、我が家の畑仕事も夏準備にかかりました。裏庭の小さな畑ですが、一畝30本余りの大根も引き抜いたまではよかったのですが、それをどう始末するか…切り干し大根を作るのは勿論、漬けるのもよいのですが、本当に年中欲しいのは「大根おろし」それで冷凍庫に保存する事にしました。丸のままです。試しにおろしてみたら上出来。ちょっと手が冷たかったですけど。これで真夏でも焼き魚が食べられます。

牡丹は植え替えたので花は見られません。その代わり庭中お花畑になりました。庭師の築いた石組みの庭でしたが燈籠の側にも築山の緑にも蹲の下にも春の花が咲き乱れ、縁先まで続く踏み石の周りにも青い小さな顔が覗いています。庭というものは、苔と万年青とせいぜい京鹿の子や桔梗と風知草くらいと思って手入れして過ごしてきたのに、もうびっくりです。大きな岩の間から色とりどりのチューリップが顔を出しているのですから。娘の仕事です。発想の転換とでもいうのでしょうか。それとも私との感覚の違いというのでしょうか。

先日から桜の小枝の染めにかかっているのですが、採集の時の違いなのでしょう、以前のように葉が出たくらいの時の方がよいピンクに染まり、この度は花の開く前、葉が出てなかった枝は匂いも薄く、淡いピンクにしか染まりませんでした。それも小枝の先の蕾のある部分で、それより太い枝はもっと薄くしか色が出ませんでした。気候も関係しているかもしれません。日数が経って織り込まれていくうちに、「ボー」と桜色の気配がしてくるのを期待して紡ぎにかかります。
昨年の5月に整経し1m15pの機に8m分の経糸を張って敷物作りを始めたのですが、まだ2m分くらいしか出来ていません。絹地の友禅が材料で裂いて縒りをかけて織ってみると難しいこと。模様がどんな場所に出てくるか、1つの四角に6色くらいの色を重ねるその量と頃合い。無地だったらもっと簡単なのにとボヤキながら…どうしても締める色が欲しくて染めてみたり、人間は座ってばかりでは体に悪いという放送を聞きながら、こうして機の前に2時間も3時間も突っ立って色と睨めっこしているのは何事かと思いながらも、頭の中は色と四角でいっぱい。秋の個展までに完成させたいのですが…。

騒がしい国会の模様を聞きながら、やっぱり人間は「嘘をついてはいけない」と思うし「悪い事はしてはいけない」とも思うし「怠けてはいけない」「めんどくさがったらいけない」とも思うし。放映するメディアが悪いとも言うけれど、こんなに情報が氾濫している世の中、子供達はどういう目で見ているのでしょう。大人達は子供達に何を渡すのですか。
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2018年03月20日

三寒四温

この雨で紅梅も白梅も散り始め季節は春分「桜始開」(さくらはじめてひらく) 「雷乃発声」(かみなりすなわちこえをはっす) そして清明、穀雨と続きます。寒かったり暑かったり何と忙しい春でしょう。花も野菜もみんな戸惑ってしまい鉛筆ほどの大根に薹が立ってしまい、チンゲンサイはお花畑になり、キャベツも怪しくなってきました。人間も同様で、インフルエンザにも罹らず無事冬を過ごしたと安堵していた所、立春を過ぎてからあっちこっち痛くなった始末。検査をしても聴診器をあててもどこにも不具合は見付からず、結局「気圧でしょう」ということ。人体の不思議というのか、意の儘にならないということか、内臓が膨らんで神経に触るなど考えた事ありませんでした。娘に言われました。「おかあさん、そんな年になってもまだ自分の体の事が心配なの。」何と答えていいかわかりませんでした。

昨年の秋に織り始めたシャツが仕上がりました。随分異なった色違いをしたつもりなのですが、やはり例の通り私の色であり格子であり娘にぴったりの雰囲気を醸し出しています。桜の葉から染めたグレーの綿が、日数が経ってみるとグレーの下から淡いピンクが浮き出て経緯計20色位の色を使ってはみたものの桜には勝てないようです。明日からまた桜の小枝を染めにかかります。こうして綿を20年以上紡いでくると、細く丈夫な糸になりシャツが全体に薄くなってきて、仕立て上がったシャツをマネキンに着せて眺めながら、織りも仕立ても上手になったと一人悦に入っています。この年になってもまだ技術が向上する事を思うと、これはどこにも故障がなく元気に過ごしているからだとすると、案外娘の質問の答がここにあるのかもしれません。

国会では今日も「森友問題」で集中審議です。朝日新聞に第一報が出た時「ガセネタ」だったらどうしようと思いました。もうこれで朝日新聞は購読出来ない、80年も慣れ親しんできた新聞です。その記事が事実であり、一変して国会の、そして国民に対する軽視だと問題にされています。民主主義って、こんな安っぽくて軽薄なものだったのでしょうか。敗戦の後、教科書に墨を塗り、ミカン箱を机替わりにし、新しい憲法の話を聞き「みんな平等なんだ」と胸躍らせ、一町も離れた街角に選挙速報を見に行った事は何だったのでしょう。子供達にこんな民主主義を渡していくのでしょうか。「忖度」なんて目に見えません。新制中学に入って1回目の学級委員の選挙の時に、票数にもかかわらず教師により社長の子供が選ばれたのですから。「コンチクショー」と思いながらの80年でした。

春の嵐にも負けず築山の上にも灯籠の周りにも水仙が咲き乱れています。池にはアメンボが遊びに来ました。アンズの花の蕾が膨らんでサルナシも登りはじめました。本当の春です。今晩は何の煮物を作りましょうか。私は食に関する統括官です。
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2018年02月19日

暮らし−あと10年−

池には氷が張り築山にも灯籠の上にも雪が残っているこの頃、季節は立春を過ぎ、雨水、啓蟄、春分へと移り本当の春になるのですが…。土脉潤起(つちのしょううるおいおこる) 霞始靆(かすみはじめてたなびく) 草木萠動(そうもくめばえいずる) と24節気、72候には記録があるのですが、今の日本では、もう合わなくなっているのでしょうか。

ニュースでも度々取り上げられているように「大根1本350円」「白菜1玉380円」はこんな田舎町でも変わりません。近くの畑を見廻しても白菜も大根も1本もなく、全部正月前に出荷してしまった状態のままです。我が家の畑も雪の下に、大根もキャベツもチンゲン菜も双葉をつけたまま埋もれていて、糠味噌に入れる根菜1本なく春を迎えます。台所を預かる主婦にとって大困り。ただただ、暖かくなるのを待って畑を耕し肥料を入れて育つのを心待ちにしているこの頃です。それでも梅の蕾が大きくなり、あと2、3日でしょう。めじろが待っています、ひよどりが、やまがらも、みんな待ってます。こんなにも春が待ち遠しいことはありませんでした。

昨日植木屋から桜の剪定した枝を山ほど貰いました。小さな堅い蕾がもうほの赤く見え、咲く準備にかかっていたのでしょう。可哀想に思いましたが邪魔になった街路樹だったようで。これはよく色が出ます。今のシャツがもう終わりに近付いているので次の染めにかかります。そのままのピンクと、少し色を落とした薄橙と、玉ネギの黄と、それに藍を合わせた緑、どんな格子が組めるか、その前に桜の枝を裁断して煮出す大仕事が待っているにもかかわらずワクワクしています。先月には古くなった桜の葉からまさに枯葉色しか出ず、がっかりしていた所ですから…。雪が舞っても夕方には裏庭の竈で火を燃やしています。染色の草木灰を作ったり、畑の石灰の替わりを作ったり、果ては銅の薬缶でお湯を沸かしたり、すっかりここ10年来の私の仕事になってしまいました。空高く登っていく煙を眺めながら両親の事や長兄の事、それに先日急逝した弟の顔を思い出しています。5人兄弟姉妹が次兄を筆頭に私と妹だけになってしまいました。母は「ひよどり」になりましたけど、弟は何になったでしょう。

娘は今日も裏庭を掘っています。池の修理で、蓮も杜若も植え込み、めだかも入れ替え春の準備です。古木の椿を切ってしまい、その後に「すもも」を植えるようです。さくらんぼも植えられるのを待っています。そうして娘は私に「あと10年生きたら、おいしいすももとさくらんぼが食べられるからね」と言い、そのすももを使ったケーキを作るためオーブンを新しくしました。これでは絶対に10年生きなければならないでしょう。台所ではキンカンを煮ている甘い匂いが漂っています。今年は大鍋2杯も穫れ喉が痛くなっても大丈夫です。

故郷で最後をと思ってもこれだけ煙を出し庭を掘ることは出来ません。ここを終わりのすみかとして、個展が10回になる迄、染めて紡いで織る暮らしを続けましょう。今日は晴れています。椿の幹は固いのですがよく燃えて消し炭が穫れ、葉は上等の染料としての灰が穫れます。月桂樹の枝はよい香りを放ち、ニッケの葉は少し控えめな香りを出し、桜の枝は桜餅そのものの匂いがします。肉を大きなダッチオーブンで焼く時は案外「ふじばかま」の枯枝等も少し加えると近所中「又、バーベキューだ」と 評判になるのですが、お客様は鶏7羽、猫3匹だけです。都会にはないこのおもしろい暮らしは宝物かもしれません。便利さとは程遠い生活ですけど、良しとしてあと10年です。(と言っても毎年あと10年のせりふを言ってます)
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2018年01月18日

2018年のお正月に

明けましておめでとうございます。
もう春が来たのかと思う程の暖かさで、季節は小寒から大寒へと移り節分を迎えます。「芹乃栄」せりすなわちさかう 「水泉動」しみずあたたかをふくむ 「雉始鳴」きじはじめてなく 「款冬華」ふきのはなさく 「水沢腹堅」さわみずこおりつめる 「鶏始乳」にわとりはじめてとやにつく。
我が家の鶏、雄1羽、雌5羽みんな元気に新年を迎え、卵を産み時を告げています。除夜の鐘の音が今年は少ないかしらと思っていると突然近隣に響く高い大きな声でコケコッコーにはびっくり、おじいさん鶏も負けずにコケコッコーの新年でした。この鶏も卵を産み始めて1年余り、もうすぐ終わりになるので、食べ切れない卵をせっせと凍らし、試しに正月料理の伊達巻に使ってみたところ、エソのミンチと合わせても上出来に仕上がりました。どうやって卵を保存したらと思案していたのが解決しそうです。昆布巻も例年通りシシャモを中に入れて30本、炭火にかけて2日間、よい匂いが漂いました。小正月に因んでまた昆布を巻き火にかけています。冬の夜のよい一品になります。台所仕事は限りなくあり、順序立てて動かないと収穫したユズも、キンカンも縁側に転がる始末。その間に冬の寒さの中頑張った大根の芽もカブの葉もキャベツの双葉さえ間引く仕事が待っていて、寒い寒いと縮こまって座を温めている暇などなさそうです。娘は果樹の剪定のため梯子に上り、私はその枝を切り分け薪と染料に区別する、染料にする枝も青い時が良いか、枯らした方が良いか、月桂樹と肉桂では似ているようで異なり、ビワのピンクは異常に難しく、正月早々に昨年の桜の葉を煮立ててはみたものの、枯葉色の最たるもの、やはり花芽の覗く時季を逃したら桃色にはお目にかかれないようです。

今年も又染めて織って紡いでの1年になりそうで、それに個展の準備もありミシンから離れられず、もう身体中痛くなりそうです。1体のマネキンには以前仕立てた裂織のダッフルコートを展示しようと思い、帽子を作図にかかり、あっさりと、トーク帽にしようと試作品を2つ作り、娘に被せてみた所、キャップでもハットでもキャスケットでもない雰囲気が出て上々でした。この型で、絹の裂織を織って作ってみます。もう一つ「レトロブルトン」という柔らかい感じのが欲しいのですが上手に作図できますかどうか。娘は、「モデルがいて、いいでしょう」と言ってますが、まあ便利です。

年賀状の抽選も終わり、すっかり日常に戻りました。年女の人間の弁として、今年の望みとか抱負とか具体的に「どこそこへ行きたい」「〜を観たい」とありそうなものなのですが…ただ1日を黙々としてラジオ体操をして、お風呂に入って、朝御飯を作って…夜、新聞の天声人語を書き写して入浴して寝るだけ、変哲もない日常を過ごす1年になりそうです。たまあに「芥川賞か…」と羨望の眼差しで記事を読み、「まあどだい無理か」と思い83才の年女、綿を紡いでいます。
posted by ヨシミ at 18:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月19日

年の暮れに

今年も余すところ僅かになりました。寒い日が続きます。冬至を前にして小寒、大寒と寒さは本番、乃東生(うるきしょうず) 麋角解(さわしかつのおる) 雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)となり、畑も花壇も雪に埋もれて私は何枚も何枚も着物を重ねて機に向かっています。今年は秋に蒔いた大根もカブもチンゲン菜も育ちません。やっとエンドウ豆の芽が出たくらいで、食卓に青い物が載せられず四苦八苦です。お正月の青菜はどうしましょう。辛うじて伸びてきたニンジンの葉をせめてお雑煮の添え物にしましょうか。

今、新潟の友達から電話がありました。雪がたくさん積もっている様子、大根も白菜も高く家計を預かる主婦は大変で、これ以上税金迄上がってしまっては…と。私の所とは雪の降り方も大違い。やはりここは西日本で暖かくユズや夏ミカンがたわわに実をつけています。5本の柿の木を筆頭に冬ミカンにスイートスプリング、ハッサクに桑の実、ビワにザクロと様々な果物の木を植えてある上、娘はサルナシやネクタリンまで植える始末。この寒空の下、毎日鶴嘴を持って土を掘っています。そうして私に「おかあさん、あと10年生きられる? そうしたら、スモモを植えるから…。83才のお誕生日のお祝いに…」何と答えたらいいのでしょう。「生きたい。食べたい。果物大好きだから」と答えました。今年は石造りの庭のあちこちに花の種を蒔きました。春になったら築山の陰から顔を覗かせることでしょう。そうしてその花を写生して秋には新しい年のカレンダーを作ります。どうぞご期待ください。

毎日仕事場で機に向かったり綿を紡いだりしていると本当に厭になってしまい、気分転換にと、そこで真綿を入れた軽い胴着を作ろうと思って、古い絹地を裏表に使って、ドテラ綿でなく真綿を引いて入れ始めた所、その難しいこと。たった30p四方の真綿を平均に伸ばして重ねていく事は、もう大変で、母が仕立てていた所を見てなかったのかしらと反省したことつくづく。しかしよく考えてみると、ドテラ綿1枚より真綿1枚は高価で、そんな着物の中に仕立てられる程、裕福な家計ではなかった筈、私がお正月の晴れ着の下に寒さよけに真綿を担がせてもらい、その真綿を落としてしまった時の母のこわかった顔、5才位の事でしたが…。今ではごめんなさいも云えなかった事が悔やまれます。結局この冬の仕事は上張りを5枚仕立てて、また機に向かうことにしました。

どうやっても、どうあがいても、自分の寿命なんてわからないのでしょう。平均寿命が何歳ですと発表されても所詮は統計上の事。30代から病を抱えて40年近く生きてきた新潟の友人の悟りきった生き方に脱帽した年の暮れです。「どこも悪くないです」と御墨付きを貰っている83才ですけど、やっぱりこわくて「ここが痛い」「あそこが痛い」と言って薬に頼っているのは笑止千万だとか。自分を信じて自分の免疫力に自信を持って新年を迎えます。どうぞ、よいお年を。
posted by ヨシミ at 17:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

贅沢な望み

立冬も過ぎ季節は「小雪」になります。
虹蔵不見(にじかくいれてみえず) 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう) 橘始黄(たちばなはじめてきばむ)そして「大雪」になり、閉塞成冬(そらさむくふゆとなる) と本格的に冬になるのですが今年はどうでしょう。街路樹のけやきも、銀杏も、庭の紅葉も散り始め、すっかり一足早い冬の庭になってしまいました。
畑ではカラーピーマンもトウガラシも赤く成り切れず青いまま籠一杯収穫し全部冷凍してしまいました。一年中使用する実った赤い実が少なかったので役立つことでしょう。母はこの季節になると七輪の上で「葉トウガラシ」の佃煮をよく作っていました。きっと赤く成り切らなかった物を葉ごと売っていたのでしょう。
冬野菜の芽は順調に育っていますが、一番楽しみにしていたサツマイモが駄目で結局小さいのが3つ。その代わり茎を摘んで食卓に飾りました。結構手はかかりましたが箸休めの一品になり戦後を思い出しつつ娘と話したのですが、その返事が「へェー、こんなおいしい物、食べてたの…」でした。もっともその頃はミリンも砂糖も醤油さえ満足にありませんでしたから。油で炒めるなんて夢でした。もうすぐ12月8日がやってきます。

私の仕事場、シャツも敷物も動き始めました。結局経糸12色に対して緯糸13色の格子に決まり1日15pずつ織っています。これからは紡いで織るの単純繰り返しです。敷物の方は友禅染の反物が多く、色が複雑に絡み合い、それを重ねて図案化していくのは至難の業で、眺めては止め、又布を裂いて縒っての連続で、これで来秋の個展まで12m織れるのか心配になってきました。
それでも時々おもしろくなくて、着物を縫い直しています。裁縫台の前に座って布を1oの狂いもなく重ね、印をつけていく。裁鋏でジョキジョキ切る。正座して針を進める。ここには紡ぐのや織るのとは異なった静寂があります。胃が痛いのも頭が痛いのも忘れます。ただ一向針を動かします。かかりつけ医が「何にもストレスなんかないんじゃないか」と言って脈をとります。考えてみるとそうなんですが、時間とやりたい事と、やらなければならない事に振り回されているのです。全部家中を整理して身籠もるなんて贅沢な望みなのだと自分自身に思いきかせなければ、あと残る10年余り安穏と暮らせないのでしょう。あっちの押し入れも、こっちの茶箱もまだまだ整理しきれてありません。まあ、布団綿と毛糸類がどうにかなった事を良しとしましょう。

来年の春の為に娘は花の球根と種を沢山用意しました。そして庭師が据えた石の際にも野草を植え込み、私の為に「くちなし」と「さるなし」も植えました。この「くちなし」が実を沢山つけて輝く黄色の綿が染まるのは何時になりますか…。「さるなし」の実はまだ食べた事ありませんし、色が出るのかも知りません。
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2017年10月19日

選挙の時に

冬のような寒さです。季節は霜降から立冬へと移り「霜始降」しもはじめてふる「霎時施」こさめときどきふる「楓蔦黄」もみじつたきばむ、になり畑仕事も来春の為の用意です。しかし我が家の畑にはまだまだ夏野菜が健在で、長ナスを収穫し、塩漬けにし、干して冷凍する仕事に追われ、甘トウガラシもカラーピーマンも当分畑を占領していることでしょう。

今月は染める仕事に追われ、終日竈の前で火を燃やし染料を煮出していました。昨年の春収穫した桜の葉は、よいピンクに染め上がったのですが、枯らして今年使ってみたら駄目でした。やはり花が咲き始めた頃の葉を青い状態で煮出すのとは違うのでしょう。匂いはまだ残っているのですが…。薄くベージュに染め上がった糸を濃い緑色の側に4本だけ添えてみました。たった5oに満たない本数です。
その他にも様々な植物を煮出し染めましたが、どの色も鮮やかにならず、くすんでいるのです。 水の所為でも火の所為でもありません。やはりこの気候が植物の葉の成長に影響しているのか…とも思いましたけど、近所の漢方医の言う通り、夏の暑さに少々参っていた私自身にあるのでしょう。
やっと新しいシャツの経糸720本をかけ終わり、色数12色、これから緯糸を紡いで、格子の図案を仕上げ織る仕事にかかります。

テレビも新聞も選挙一色です。しかしここには、宣伝車も演説もありません。なにしろ唯一総理のお膝元ですから。大学も高校もあるのですが、そんな事関係ないのでしょう。若い人達には現在より将来であり、人間100歳社会になっていく事を考え合わせると、一票の重さは大切だと老婆心ながら危惧の念を抱くのですが、どんな投票率になりますか。台風も近づいている事ですし。

私はただ一つ、戦争は厭です。どんな理由の戦争であっても嫌いです。勝った国も負けた国も、人々を不幸にします。どんな超近代的な兵器を使っても同じです。戦後70年を過ぎてもまだ戦後という言葉を使い存在している限り、人々の心の中からあの戦争は消えてないのです。
私がまだ中学生の頃、在日の子と友達になりました。その頃在日とは何だか知らなかったのです。母に止められました。教職についた時も北か南か不明ですが、よく勉強の出来る子がいて、作文で表彰された時、きれいな朝鮮服を着た人達が会場を埋めました。その子に貰った人形がまだ棚の上にあります。それから国に帰ったのでしょうか。
「あなたは戦争が好きですか」と候補者に尋ねたら何と答えるでしょう。きっと「好きじゃないけど、仕掛けられたら…」と答えるでしょう。「仕掛けられても、絶対にしない」と答えてくれる事を望みます。儚い夢でしょうか。今迄70年も守り続けてきたのです
posted by ヨシミ at 17:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする