2019年01月21日

年のはじめに

あけましておめでとうございます。ここ山口は暖かいお正月でした。季節は小寒から大寒へと移りもうすぐ立春です。東風解氷(はるかぜこおりをとく) 黄鶯睍v(うぐいすなく) 魚上氷(うおこおりをはいずる) と気分も浮き浮きする春ですが、その暦どおりになるとよいのですが、まだまだ油断は出来ないでしょう。

今年のお正月も例年通り暮れの26日から用意にかかりお重に詰めました。昆布巻きも伊達巻もきんとんも黒豆も変わりなく、根菜類の煮物も一品ずつ日本酒を煮切ってしいたけの煮汁と一番だしを使って上々の仕上げでした。お雑煮は丸餅ですが、大根とニンジンを椀の下に敷き、その上に餅、しいたけ、伊達巻、エビ、それに青菜をたすきにかけ、ギンナンを3個、ユズの松葉を飾り、一番だしをはった雑煮椀は見事でした。一昨年は青菜がなくて苦労しましたが…。この雑煮椀はもう何十回作ったでしょう。残念な事にカマボコが入ってません。よい品が手に入らないのです。作ってもあまり上手に作れないのです。そのうち上手になるでしょう。あと何回もお正月はあるのですから。しかしそろそろ娘にこの仕事を伝授しなければと思っています。こっちゃんカレンダーの12月のところには、「こっちゃんガンバレー」となっていますが…。

カレンダーといえば、昨年の末、本屋に置いたカレンダーが1部でも売れたら娘にあんパンを作ってもらうという賭けをしました。年明けて本屋に回収に行ったところ、9部売れてました。もうびっくりです。こんな小さな田舎町で、どんな年齢の人が買ったのでしょう。自然酵母を作り、発酵させ、小豆を煮て餡を作り、木村屋のに匹敵する大きなあんパンを作ってもらいました。各部屋にこのカレンダーを掛け、あんパンを食べながら、1年間の大変だった作業を顧み、お友達の消息に思いを馳せています。雪の降り積もっている東北の地から、火山灰の襲来に車のお掃除が大変だという南の地から、それぞれの年末でありお正月のようでした。カレンダーを眺めながらまだ逢ったことのない「こっちゃん」と「おかあさん」を想像し、花いっぱいの庭とねこちゃんと鶏を頭に描いて、お雑煮を食べたそうです。多くの人々に少しだけ夢を与えられたかしらと二人で話したところです。しかし消息の途絶えた人もいました。昨年までお元気だった方々ですけど…。ちょっとしょんぼりしました。

紫色のシャツ、順調に織り進んでいます。どうして蘇木(蘇芳) がこんな紫色になってしまったかは解明できていません。けれど、もう一度染めてもやはり紫色になってしまい、赤色は完全に落ちてしまいました。これで織って最後までいきます。来春の個展までに退色しなければと願うのみです。
「こっちゃんといとぐるま」の本を読んだ人からお便りをいただきますが、とても綿を染めて紡いで織ってシャツを作るところまで到達しないようです。私だって10時間紡いでも10pも織れない仕事はときどき音を上げたくなりますもの。どうしてこんな大変な事をするのか、と考えたら答えは出ません。生業になることもないし、社会に貢献しているわけでもないし…まあ30年も経ってしまうと、体の一部になってしまうのでしょう。先日近所の古本屋で「こっちゃんといとぐるま」の本を見付けました。新しい状態で、私がお送りした手紙と、御自分で切り抜いた本の紹介の新聞のコピーが折り込んでありました。きっとお年の方だったと推察いたしました。勿論絵本は連れて帰りました。もう13年も前にお渡ししたものです。

いろいろな事があって新年が始まりました。野良猫4匹、鶏5羽、みんな元気です。畑の野菜も例年になく勢いが良いのですが大根のトウが立ってしまい大童です。自然にまかせた畑は人の力ではどうにもならない時もあります。そんな時は人間の方が自然に寄り添って朝昼晩、大根おろしと、大根の葉の佃煮を食べることにします。
どうぞ、よいお年になりますよう。
今年もよろしく。
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2018年12月22日

平成最後の年の暮れに

今年も残り少なくなり何かと慌ただしい年の暮れです。冬至、小寒、大寒と続き寒さは本番、乃東生(うるきしょうず) 麋角解(さわしかつのおる) 雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)となり小雪の舞う空を見上げながら、ひたすら春を待つ頃になりました。しかし今年は昨年と異なり、どこでも畑は青々として、大根も白菜も高菜もチンゲン菜も育っていて、秋頃までの野菜の高値とは打って変わり、1山いくらで買える始末。これは我が家の小さな畑も同様で、冬至とは思えない様子で正月の青菜には事欠きそうもありません。農家ではあまりの安値に年が越せないと困っているようですが…。難しいものです。精々消費者の出来る事は安い時に大量に購入して加工したり、保存の方法を考えて干したり漬けたりする事でしょうか。それから大鍋でコトコトと煮て体を温めるのです。気候のなせる業なのでしょうか、ミカンもゆずもハッサクも大きくはないのですが甘く美味でうれしい限りです。

仕事場ではやっと緯糸が決まり織り始めました。蘇木(そぼく) の紫に黄色の入った6色の経糸、それに緯糸が結局10色入れる事になりました。といっても1色が2本、2oにも満たない数ですが、その組み合わせに納得がいかず試行錯誤の半月だったのを、とうとう紺色2本だけ宙ぶらりん、未消化のまま使うことにし、「整理整頓されてない格子、こんなのもいいか」と出発しました。どうせシャツに仕立てたら、その紺色はどこに出るかもわからず、なにしろ一模様28pの中の2oで…とも思うのですが、その2oが輝を放つか、それとも全体を駄目にしてしまうか、小さな冒険です。たかがシャツです。娘が畑仕事に着てしまうシャツです。けれどやっぱり私の作品なのです。

年女の記念に作ったカレンダー、いろいろな反応がありました。「可愛い」とか「楽しい」とか、特にお年寄りの方々には喜ばれ、地元のテレビ局でもニュース番組の特集として、絵本風のカレンダーの「2019年こっちゃんカレンダー」として紹介され娘も大満足で次の個展のための100号の絵の習作の前でインタビューに答えてました。というのも過去何回かの取材の時は私のシャツの製作の事で、娘は添え物だったからです。市内の数軒の本屋にも置いてもらうことが出来たのですが、果たして何部位売れますかどうか。1部でも売れたら、娘は私に最高のアンパンを作ってくれるそうです。変な賭けですけど。

平成という年の最後にいろいろありました。それでも自分のやりたい仕事をやって、4回目の個展も無事終わらせ新年を迎えられます。新しい年になったら庭中は花いっぱいになります。それから新しく植えた果樹に実がつくでしょう。スモモにくわ、さくらんぼ、サルナシ…。
昨日植木屋が「鹿児島紅梅」の枝を沢山持って来ました。大きな樹を剪定したとか。細い枝先には赤い蕾がふくらんで今にも咲きそうです。玄関口の大きなカメに生けておきました。もうお正月です。新年の仕事はこの紅梅の染めからです。決して華やかな赤い色にはならないのですが、透明な薄橙色にはなります。この色は黒豆の静かな青と組み合わせると、ほのかに輝くのです。春が待ち遠しくなりました。

今年も沢山の人とお手紙のやりとりをしました。けれど毎年音沙汰のない人が増えてきて案じております。もう昭和1桁生まれは残り少ないのでしょう。淋しくなります。どうぞ、みな様、あっちを向いても、こっちを向いても大変な事ばかりですけど、お元気で新年を迎えられますよう。蛇足ですが「こっちゃんカレンダーの、こっちゃんと猫達を見たら元気になる」と話してくださったお年寄りがいました。
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2018年11月20日

「秋の日に」

立冬も過ぎ22日の小雪を迎え、朔風払葉(きたかぜこのはをはらう) 橘始黄(たちばなはじめてきばむ) 閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)、そして大雪へと季節は移ります。異常気象といわれていた今年の紅葉はどうかしらと心配していましたが、灯籠の陰のもみじの古木も見事ですし、ザクロも柿も桔梗さえも彩りを添えています。やはり秋はすばらしいです。つくづく空を見上げてしまいます。

畑の方は昨日やっと最後の丸ナスを全部収穫し、抜いて耕しました。握り拳より大きなナスが9こ、たった2本の苗を育てたのが、私の背より大きくなってしまい、夏中楽しみました。料理はいたって簡単、4つ割にしたナスを油で揚げて、味噌とシソの実とゴマと干しエビとユズの皮と汁と味醂とあわせた中で煮込むだけ。残念な事に今年は山椒の実が少なく、入れられませんでした。冷やしてもおいしく、当分の副菜になります。大根もチンゲン菜も白菜もやっと育ち始めました。あと、カラーピーマンだけ、緑色の大きな実をつけて風に揺れています。花壇の方は娘が懸命に花を植え込んで、大分冬の装いになってきました。なにしろ花が咲かないと絵が画けないのですから。次の個展にはもっと趣向を変えて絵とシャツのコラボを画策して150号のキャンパスを立てています。

私のシャツの方、やっと経糸がかけ終わりました。この1ヶ月毎日染めてました。それが同じ玉ネギでも色相が異なり、首を傾げつつの仕事であり、最後に使った「蘇木」(そぼく) これは蘇枋(すおう) の事で (薬種問屋では蘇木と呼んでいる) 紅を染めるには下染をしたり媒染したりで手が掛かり、この度は大きな鉄鍋で煮出したところ、赤色がついても水洗いで全部落ち、紫色だけが残った始末。まあこの色でもいいかと敢えて無媒染を貫いて綿と糸を染めて、現在整経し終わり、緯糸を紡ぎ、妙に派手になった経糸に緯糸の色を暗中模索の状態。明けても暮れても糸を紡ぎ、色の事を考えていると、自分が今年「年女」だったことも忘れてしまいます。しかし難しいものです。この調子で次の個展に新作が飾れるでしょうか。先日も整理する為、シャツを全部出してみました。20年前のは大まかな格子で緯糸も太く、娘と、「寝間着にしましょう」と言って別にした状態。「わたしは、朝も昼も、外仕事の時も、他所行きの時も、寝る時までも、この型のシャツを着るんだから…」と、ボヤいてました。まあいいでしょう。どうせ私だって毎日娘の焼いたタルトとかパイとか試食させられ、猫の尻尾を引っ張らせられているのですから。鶏はもう卵を産みません。でも元気です。食卓には冷凍させてあった卵を使っています。料理をするのは私の仕事、おやつは娘の仕事、いつまで続くでしょうか。

NHKの「人生100年時代を生きる」を見ました。簡単に「特別養護老人ホーム」にも「サービス付き高齢者向け住宅」にも入れない事を知ってびっくり。自分が要介護いくつなのかも知りませんでしたし、介護保険がどのように使われているかも全く無関心でした。ただ日常の会話の中で、不謹慎にも「お母さん、そんなうるさい事言うと、老人ホームに入れちゃうよ」と言われてましたけど、とんでもない事。自分はどのように生きて、終わりを迎えるかなど考えてなかったのです。ただ、おいしい物を作って食べて、野菜を育て、花を愛で、きれいな格子のシャツを作る事、そして1週間に1度だけ買い物に出、そして温泉に入りに行くだけ。
今年も終わります。あと1月です。無事に過ごせますように。
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2018年10月23日

個展が終わって

季節はもう霜降、72候でも霜始降(しもはじめてふる) 霎時施(こさめときどきふる) 楓蔦黄(もみじつたきばむ) そして立冬になります。寒かったり暑かったり台風が続いたり全く変な気候で、体の方がついていけないような。
裏庭の渋柿は全部収穫し、ホワイトリカーで渋抜きし食べてしまい、柚子を囓って、八朔の熟れるのを待っている次第です。もっとも昨年植えた「さるなし」が小さな青い実をつけ、まるで「一口キウイ」のような美味なものでケーキの上に飾りはしたものの、キウイには適いません。無花果も小さくて固くて、今年は食べられるかどうか…。とにかく変な気候でした。これは畑も同様で、何回種を蒔いても虫に喰われ大根さえ本葉が育ちません。元気なのは夏野菜で残っているナスとパプリカとトウガラシ位。それにニラも旺盛に花をつけ、献立も夏なのか秋なのか不思議な状態です。
この事は人間も同様らしく、毎年私の個展にお見えになっていた方々が姿を見せませんでした。その後のお便りに、足が悪くなったり、耳が遠くなったり、腰を痛めたりとても外出は不可能との事でした。1年半に1回ここのギャラリーで逢うことを唯一の楽しみにしてましたのに残念な事でした。もう私と同じ位の年ですから仕方のない事です。「やっとこの夏、生きて過ごしました」という言葉には肯首くだけ。それから「気候だけでなく、世の中どこを見ても聞いても悪いニュースばかり、もうテレビも新聞も見ず、天井を眺めて寝てるの」というお友達には何と答えましょう。

無事個展が終わってホッとしています。この二ヶ月間の忙しかったこと、時間がないとか用意しきれないとかでなく精神的にどこに焦点を置いてよいやら、あっちこっちも痛くなって、でも終わったらケロッとしました。さすが4回目となると会場のレイアウトも分かってきて、小さな額の後ろにシャツの布を張ったのは成功でした。それと入口近くに娘の100号の絵は圧巻でしたし、その前のマネキン5体は表を通る人々もつい足を止めて眺めてました。新作の緑のシャツは上々の評判で、これからもこれ位の細い色の組み合わせに時間と労力はかかっても挑戦しようと改めて次の個展に向けての決意を固めた所です。不思議だったのは、一番奥にそっと掛けておいた50号の「台所とこっちゃん」の絵を眺めていた人が大勢いたことです。そしてその台所を画いた絵葉書が品切れになってしまった事も解せない事です。シャツと共にやはり裂織のコートと帽子の組み合わせは絶品だったのです。でも「売りません」と断るのに私も娘も辟易しました。

カレンダーはどうも関心が薄く、原画を飾っても、見本を出しても、毎日新聞の紹介記事を貼っても、シャツの方に足が向いてしまい、在庫を作ってしまいました。娘と二人、「絵が悪かったんではないし、装丁には充分気を使ったし、どうして目に留まらなかったんだろう」と反省しきり。「こんなに可愛いこっちゃんと猫と鶏とお花なのにね」とぼやいている始末。ただ一言「カレンダーなんて必要ない」という事でしょう。残りは近隣の学校や図書館に寄附しようと用意しています。「図書館の読み聞かせに使う」と言って求めた方がいましたから…。どこか適当な所があったら教えてください。
今年もあと二ヶ月、元気に84才の誕生日を迎えられる事を幸せに思います。

尚、カレンダーをお買い求め忘れた方、お買い求めになりたい方は、こちらから購入いただけます。
こっちゃんカレンダー2019
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2018年09月19日

個展の用意

白露も過ぎ秋分を迎える頃になり、鶺鴒鳴(せきれいなく) 玄鳥去(つばめさる) 雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ) 蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ) そして季節は寒露へとなります。

今年は例の如くとはいかないかもしれません。我が家の渋柿が夏の暑さのため小さいまま甘くなって、渋抜きの焼酎の出番がなくなってしまい、畑ではナスとピーマンが盛りになり、秋野菜と競合しています。
夏の間中、雨不足で山口県の「花博」も心配の状態でしたが無事開幕しホッと一息です。天変地異にはどうしようもない事とはいえ、少しでもそこに人間が作用しているとしたら、一人一人が心しなければならないでしょう。例え1枚のレジ袋であり半切れのラップであっても。

念願の「こっちゃんカレンダー」が仕上がり、個展会場には原画を展示します。さすがに印刷屋が何回も校正しただけあって色が美しく出て、仕上がりに満足しています。会場で販売しますし、遠い方にはネットでも申し込みいただけます。
関ヨシミ公式サイト
「山口の花博」に負けない四季の花々とこっちゃん達です。個展会場では、私はコートを2点マネキンに着せます。一点は大人用のダッフルコート、素材は黒の絣の経糸に藍染浴衣の裂織の緯糸、少し重くなったのが難点ですが温かい事抜群、取り外し自由なマフラーもお洒落で、娘はこれにケンゾーのオレンジのフェルトの帽子を被ります。もう一点はピンクと白とねずみの格子、こちらも裂織ですが子供用に丸衿でボタンホール、衿、ポケットに革をあしらってあり可愛いコートです。私が個展に裂織のコートを出すのは初めてで是非みなさんに織物とは実用である事を肝に銘じて取り組んで貰いたいと思ったからです。布を裂いたものをそのまま機にかけずに、一度糸車で縒って整えてから緯糸として使う、手数はかかっても仕上がりはきれいですし、丈夫になります。これは私が今まで作ってきた何枚もの敷物も同様ですが、衣類等は着たり洗ったりする物ですから尚更です。
シャツは新作3枚と、今までお見せしなかった秋の色5点です。帽子は5点、袋物は3点、ベストが3点、これで野や山に行く格好なのですけれど、空は晴れるでしょうか。アトリエ前庭の金木犀の香も一緒に堪能していただきたいものです。

個展もこれで4回目、次は記念の5回目なので少し大きい会場を借りて私の作品タペストリー3点も含めて全部展示してみようかとも思っています。娘も「100号を何枚画こうかしら」とすでに夢は次に移っています。これも何のトラブルも起こらなかったらの話ですが、西日本の方、北海道の方、多くの人々がどれほど夢を絶たれたことでしょう。ニュースを聞き映像を見る度に何かお手伝いはと思います。自分が精一杯生きる事がその方々への励みになる事を信じます。
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2018年08月22日

終戦の日に

暑さもやっと一息で処暑を迎えました。七十二候の通り綿柎開(わたのはなしべひらく) 天地始粛(てんちはじめてさむし) 禾乃登(こくものすなわちみのる) となるのでしょうか。新聞の投書に小学生が「大人はエアコンをつけて涼しくするのが嫌いなのでしょうか」とありました。あまりにも高齢者が部屋でエアコンを作動させずに命を落とした事故が多かったからでしょう。涼しく快適に老後を過ごすことは誰でも望みます。けれどそれが出来ない事情があるという事を子供は理解出来ないのです。我が家でもこの夏の電気代の高かったこと、娘の「命の代金だね」 という言葉に納得し、甘んじてそれが受け入れる事が出来たのは幸せと思わなくてはなりません。もう少し国には「熱中症に注意」とばかり唱えないで手立てはないものなのでしょうか。

又再び終戦の日を迎えました。どのメディアも挙って戦争の悲惨さを報じています。けれどもう73年も過ぎ、いつまでも若い世代にこれでいいのでしょうか。私は確かに戦争を知っている年代です。けれど伝えようにも、防空演習も敵機も出征兵士も何も知らないのです。東京に住んでいながら。ただ新潟に疎開して、「ソ連軍が攻めてくるから竹やぶに逃げろ」といって、ブラウスを全部緑色に染めたのが一番です。そして終戦の日、掲示板に貼り出された私の習字「大君のへにこそ死なめ」が取り外されたのです。母が闇市でララ物資の粉の袋を求め、私と妹のショーツを作りました。こんなこと、戦争の悲惨さには入らないのです。だから語り部にもなれないのです。もうすぐ人生が終わろうとしている時、息子や娘に何を伝えてきたか…。この暑い夏の日に、戦後、母が大枚をはたいて仕立てた布団の綿をシャツに変身させて来ただけなのです。緑色のシャツをです。そして戦後の復興と共に莫大な消費生活を見、ゴミの山と、性能のすばらしく良くなった、ダイオキシンの出ない炉を見、レジ袋廃止の運動も中断し、ゴミの分別に安心しきって生活しているうちに、世界中の海は汚染され、気候変動に脅え、これでもまだ戦争の悲惨さだけとらえてよいのでしょうか。その反動から豊かさを求めて歩んできた70年はどう評価するのでしょう。私の家の近くにも、田畑が潰されアパートが出来たのにつれ、コンビニが2店も出来ました。

暑い暑いとボヤキながらも個展の用意をしています。新しい型の帽子ブルトンを4個作ってはみたものの、何と難しいことか。何でも挑戦とは言うものの、何回娘の頭に載せた事か。今年は裂き織のコート2点マネキンに着せます。カレンダーの方は校正の最中、もうすぐ仕上がります。どうぞお楽しみに。
山口県ではこの秋「花博」を開催します。ところが渇水状態で花が枯れて大童。カレンダーにはこの花博に因んで四季の花を沢山画いたのですが…。我が家の花は元気です。それから戸袋で産まれた猫たちも元気です。
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2018年07月22日

暑い夏の日に

西日本豪雨で被災された方々にお見舞い申し上げます。あわせてお電話を下さったみな様、どうもありがとうございました。おかげ様で私の所、山口市は大きな河川に囲まれてはいるものの、水害の難からは逃れました。つくづくハザードマップを注視した次第です。季節は大暑、それにしても暑いです。桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ) 土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし) 大雨時行(たいうときどきふる) そして7日の立秋になり涼風至(すずかぜいたる) と暦にはありますが「みんな嘘だ」と叫びたくなる心境です。毎日毎日「熱中症」のニュースばかり見聞きしていると、ちょっとした仕事をしても心配になり心臓がドキドキし、返って悪影響です。

やっとシャツを織り終わり、3枚仕立て上げました。緑色のシャツです。5月から染め紡ぎ始め、新しい格子の組み方だと意気揚々として取り掛かってはみたものの、あまりにも細か過ぎて大変で量がいかず、紡ぐ手は痛くなるし、織る腰は動かなくなるし、もう嫌だの連続でした。縫製する時も、緯糸の色数が多すぎて左右合わせるのが一筋縄では行かず…。もうシャツ作りはやめたの宣言を娘にしたら、ただ一言「…に入れてしまうよ」。それは大変。やっぱり娘の作るチーズケーキとアイスクリームを食べて次のシャツに取り掛かります。平均寿命まで、まだ当分ですから。とは言うものの、きれいなシャツが出来ました。秋の個展のメインです。
「こっちゃんカレンダー」も校正に入り、9月には仕上がります。娘の画く「こっちゃんと猫と鶏」の絵をそれぞれ12ヶ月に纏めた楽しいカレンダーですが、印刷にかかってみると原画の色がどの位忠実に出るか、校正を何回も繰り返し、念入りにしていますが、なかなか難しい仕事だと印刷屋もボヤいていました。以前から絵本を手掛けてもらっているので、きっと大丈夫だと思っています。300部だけ作り、自分と娘が元気で第4回目の個展が開ける証しにしようと思ってます。

我が家の小さな畑もこの暑さの中、トマトだけ元気です。大玉も中玉もミニも食べ切れません。逆にナスもキュウリも水不足なのでしょう、成長がよくありません。採れる物を食べて夏を乗り切る事にしましょう。涼しくなったら意外な物が大きくなるかもしれません。電気がついて、水道が出て、これだけでも幸せです。被災地ではあと1ヶ月位、水が出ない所もあるようです。何かお手伝いが出来ないかと考えますが、娘の「自分が救急車のお世話にならないのが一番」という言葉に納得です。
異常気候は、これが当たり前になるのでしょうか。自分達の一つ一つの生活から産みだした事が地球温暖化へと繋がっているのでしょう。「室温は28℃に設定しなさい」という。電気を使って家中を冷やさないと命に関わるという。まるで自分のシッポをかじっているようで…。ここでおもしろい話を一つ。野良猫が、雨戸の戸袋の中で、子どもを産んでしまいました。さて、どうするか。大丈夫です。おかあさん猫がいますから。
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2018年06月21日

ニュースから プラごみ

大阪北部地震にはびっくりしました。学校のブロック塀の崩壊で児童が亡くなるなんて、どのように理解したらよいのでしょう。安全な場所の筈ですのに。何を信じて生きたらよいのでしょう。「お見舞い申し上げます」という言葉も虚しく感じます。

季節は夏至から小暑に移ります。乃東枯(うるきかれる)、菖蒲華(あやめはなさく)、半夏生(はんげしょうず)、となり梅雨の真っ盛り。大雨による被害も心配されます。(うるき…ウツボグサの古名、一説にジュウニヒトエの古名とも)
畑では夏野菜がポツポツ穫れ始めました。しかし野菜も花も果樹も人間の言う事など意に介さず、まことに自分勝手だというのがよくわかりました。大きくなり過ぎたアンズの木をバッサリ剪定し、桑の木を近くに植えたら、今年は近年にないアンズの大豊作。ソーメンウリはわざわざ支柱を建ててやったのに枇杷の木に登り、ゴーヤはニッケの大木にからみつき、かぼちゃなんか鶏小屋の上で「さるなし」と遊んでいます。(さるなし…マタタビ科の蔓性落葉低木キュウイの原種、小さな果実) 庭の灯籠の陰からスカシユリが覗いています。「仕方ないや」と言いつつ毎日倒れないように裂布を持って畑を見廻っています。普通農家ではナイロンの紐で結束しますが、この紐は畑が終わっても土に還らず困り物です。私は木綿のボロを裂いて使います。土も花もみんな生きていて仲間なんですから…。

ここ十日余り新聞やテレビはニュース満杯でした。勿論楽しい事もありました。けれどあまりにも悲しい事が多過ぎました。その中の一番は「海のプラごみ」問題です。「年3億トン生まれていて、リサイクルされているのは1割にも満たない現実。日本は海の恵みを受けているのにプラスチックの1人あたりの使用量が米国に次いで多い」(朝日新聞6/20社説)という、この記事に接して私の感想は「なによ、今さら」でした。
今から40年位前、仲間と、住んでいた田舎町のゴミ焼却炉が壊れ、ゴミを少なくする運動の中で、プラスチックの買物袋をはじめ、あらゆるプラごみを減らす運動を展開しました。勿論その頃は「海のプラごみ」迄の事は考えず、ダイオキシン等の事が中心でした。ペットボトル等今よりずっと少なかった頃です。それから時は移りスーパーの棚はどうでしょう。リサイクルも進み、分別も進んでいます。しかしそれも追いつかないのです。テレビでは健康問題が常時流れています。「魚を食べなさい」そんな事言われてもプラスチックが分解され魚介類に取り込まれ、食物連鎖で動物も人間も悪影響を及ぼされていると思うと、魚が食べられますか。

プラの買物袋を貰わずに古い傘の布で作った袋を持って30年経ちます。この仲間との運動は労働省からも表彰されました。けれど「分別さえすれば…」というのになってしまいプラごみの末路を考えませんでした。この運動を若い人達に繋いでいたらと思うと悔やまれます。せめてあと10年、命のある限り「プラスチックきらい」の生活を続けましょう。先日もスズメバチ退治のペットボトルを小屋の隅からやっと1本見つけました。(スズメバチは私が作ったジュースよりも、市販品の香料等何種類も入っているジュースが大好きで、すぐに5匹捕獲しました) やはりプラごみの事は主婦が立ち上がらないと駄目なのかもしれません。私がもう一度旗を振るには年を取り過ぎました。せいぜい私の家の台所の写真を御覧下さい。何か御参考になるかもしれません。

主婦の友社「ゆうゆう」2011年1月号紹介ページ

肝心な私の仕事、まだシャツは終わりません。秋の個展に間に合うか心配しつつ紡いでいます。その秋には小学校の教え子も来るようで嬉しい限りです。
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2018年05月23日

緑色のシャツ

立夏も過ぎ小満、蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ) 紅花栄(ばにばなさかう) 麦秋至(むぎのときいたる)を経て6月6日芒種になります。季節はこのように移りますが、私の箪笥の中の着物は出たり入ったり、袷を出したり単衣を出したり、数日前は湯湯婆をかかえて寝込みました。夏野菜はもう植え付けは終わったのですが、夜が寒いためでしょうかナスの育ちがよくありません。トマトはカモミールに埋まっても大きくなり、トウモロコシもオクラも芽が出ました。しかし旧暦5月は「僻邪の風が吹く」といわれ病害虫が発生しやすく私の農薬作りにも一層拍車を掛けなければなりません。幸いな事に大きなタンクの中では冬中収穫したユズやミカンの皮が油滓と共にブクブク発酵し唐辛子も加わって撒く仕事が日課になってきました。

私のシャツを作る仕事、やっと経糸が整いました。普通だったら720本の整経位、簡単にやってのける筈が、5o間隔14色を1単位として11m組んで機にのせた所、最後に12本不足している事がわかり、探して半日、整経し直して半日、更に通し直しに1日、こんな事初めてでした。その上、携帯電話からの同性の人を間違えてチンプンカンプンの応答をしたり、娘がアイスクリーム用に消毒までした卵を使って目玉焼きを作ってしまったり、全く落ち込んだことこの上なし。「年のせいかしら」と思ったり、母が晩年、あれ程器用に手仕事をやってきたのが編み物の目数がどうしても覚えられなかったのに、もっと親切に労ってあげたら良かったと反省しきり。尤も娘は「お母さんは慌てもんだから」と一言だけ。そんな事にめげてはいられません。秋の個展に間に合いません。気を取り直し緯糸の設計にかかったのはいいのですが、経糸の5oに対し、緯糸62oと5oの縞にして格子を組まないと収まらず、この度のシャツは観念して機の前に座りました。緑色のシャツです。娘は「私には似合わない」と言います。そして「きっとイギリスのメーガン妃に似合うでしょう」と。まあこの年になって冒険ともいえる色使いになるのですが、それもいいでしょう。去年以来、あっちが痛いこっちが痛いとボヤいていたのがすっかり忘れてしまいました。

この春は7年間生きていた雄鶏が昇天しました。雌鶏が全部いなくなって隠居所に1羽だけ暮らしていました。若い雄鶏に鳴き方も教えてましたし、生を全うしたのです。畑の中に葬りました。今頃何になっていますか…。
世の中は益々騒がしくなって目を覆いたくなる事ばかりです。毎朝新聞を隅から隅まで目を通して、愉快で楽しくて嬉しい事はないかしらと探しています。小さい事でもいい、家の周りの些細な事でもいい、パンが上手に焼けた事でも、アイスクリームが上出来だった事でも、きつねのてぶくろが咲いた事でも、子猫が蛙と睨めっこした事でも… それ以上は望まず人を不幸にせず、みんな豊かに暮らせないものかと思っています。けど、どだい無理な話でしょうね。

[お知らせ]
秋の個展「こっちゃんとシャツ展」はいつもの会場ラ・セーヌで10月13日(土)14日(日)の開催になります。
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2018年04月20日

花畑の庭

なんと忙しい春でしょう。寒かったり暑かったり。季節は穀雨、霜止出苗(しもやみてなえいずる)牡丹華(ぼたんはなさく)となり夏野菜の植え付けの頃となり、我が家の畑仕事も夏準備にかかりました。裏庭の小さな畑ですが、一畝30本余りの大根も引き抜いたまではよかったのですが、それをどう始末するか…切り干し大根を作るのは勿論、漬けるのもよいのですが、本当に年中欲しいのは「大根おろし」それで冷凍庫に保存する事にしました。丸のままです。試しにおろしてみたら上出来。ちょっと手が冷たかったですけど。これで真夏でも焼き魚が食べられます。

牡丹は植え替えたので花は見られません。その代わり庭中お花畑になりました。庭師の築いた石組みの庭でしたが燈籠の側にも築山の緑にも蹲の下にも春の花が咲き乱れ、縁先まで続く踏み石の周りにも青い小さな顔が覗いています。庭というものは、苔と万年青とせいぜい京鹿の子や桔梗と風知草くらいと思って手入れして過ごしてきたのに、もうびっくりです。大きな岩の間から色とりどりのチューリップが顔を出しているのですから。娘の仕事です。発想の転換とでもいうのでしょうか。それとも私との感覚の違いというのでしょうか。

先日から桜の小枝の染めにかかっているのですが、採集の時の違いなのでしょう、以前のように葉が出たくらいの時の方がよいピンクに染まり、この度は花の開く前、葉が出てなかった枝は匂いも薄く、淡いピンクにしか染まりませんでした。それも小枝の先の蕾のある部分で、それより太い枝はもっと薄くしか色が出ませんでした。気候も関係しているかもしれません。日数が経って織り込まれていくうちに、「ボー」と桜色の気配がしてくるのを期待して紡ぎにかかります。
昨年の5月に整経し1m15pの機に8m分の経糸を張って敷物作りを始めたのですが、まだ2m分くらいしか出来ていません。絹地の友禅が材料で裂いて縒りをかけて織ってみると難しいこと。模様がどんな場所に出てくるか、1つの四角に6色くらいの色を重ねるその量と頃合い。無地だったらもっと簡単なのにとボヤキながら…どうしても締める色が欲しくて染めてみたり、人間は座ってばかりでは体に悪いという放送を聞きながら、こうして機の前に2時間も3時間も突っ立って色と睨めっこしているのは何事かと思いながらも、頭の中は色と四角でいっぱい。秋の個展までに完成させたいのですが…。

騒がしい国会の模様を聞きながら、やっぱり人間は「嘘をついてはいけない」と思うし「悪い事はしてはいけない」とも思うし「怠けてはいけない」「めんどくさがったらいけない」とも思うし。放映するメディアが悪いとも言うけれど、こんなに情報が氾濫している世の中、子供達はどういう目で見ているのでしょう。大人達は子供達に何を渡すのですか。
posted by ヨシミ at 21:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする