2020年02月25日

個展の用意

みな様、おかわり御座居ませんか。お元気でいらっしゃいますか。
23日は天皇誕生日、24日は振替休日、そして3月3日のひな祭りを過ぎると5日は啓蟄です。草木萠動(そうもくめばえいずる) 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく) 桃始笑(ももはじめてさく) そうして春分へと続きます。この暖かい日差しのもとに浮かれ出たいのはやまやまなのですけど、家にこもっていまます。新型肺炎には勝てません。なにしろ年寄りなのですから。どうしたらいいのでしょう。「政府が悪くて、厚生労働省が対応に時間がかかり過ぎて」なんてボヤいて責任論を追求したって感染は止まるものではありません。ただこの事態になってもマスクを買い占めたり、消毒液を高値で売ったり、人間として恥ずかしい事をしないことなのです。そして自分達の生活が、いかに中国にょって支えられていたか、食料の自給率なんて唱えたって、生活用品の大部分まで他国に依存している我が国の現実を見せられた気がします。野菜を買う時も産地を確かめ、食器を選ぶ時もメイド・イン・ジャパンの表示を見、菜箸1本でもおろそかにしませんでした。けれど流通が止まってみると、国産のニンニク1個、玉ネギ1つが高騰しています。家計に響かない筈はありません。日本にとって勿論、病原菌を死滅させることは大切です。それと同時に「生きる事」という人間の根本的な事を考えるチャンスではないでしょうか。この年になると「いかに死ぬか」と頭を過ぎります。けれどそれより「どうやって生きるか」という方が先の事であり問題のようです。

4月の個展が無事、開催できるか、心配しています。けれど用意は着々と進んでいます。ポスターも出来上がり、ビラも出来ました。あとは会場のレイアウトだけです。今年は5回目の記念として大きな作品を展示する事にし、タペストリーだけでも9枚、そのうち1枚は1986年に、クロワッサン黄金の針展で審査員特別賞をとったもので、169p×169pの大作「大脱走」。その頃の学校での子供達を表現し、316人の子供を織ったものです。この作品はNHKで全国放送もされましたが、今迄押し入れの茶箱に眠っていたものを初めて公開する事にしました。150号キャンバスの上下に2000本の釘を打ち経糸をかけ、娘の画いた下絵の通りに4ヶ月かけて織ったものです。その時使用したキャンバスは、娘が今度の展示で「こっちゃんの台所」という楽しい絵を画きました。その前に立たせたマネキンのおかあさんと、こっちゃんは、勿論エプロンと三角巾を被っています。どうぞ手にとって触れて、蛍光染料のついていない未晒しの布の感触をお確かめください。

このように今度は、組作品として絵と、マネキンに着せた衣装と、タペストリーを1組として、5組展示します。その中には勿論シャツの新作4枚も加わっていて、桜の下、会場に華を添えることになるでしょう。前回はシャツの作り方のチラシが好評だったので、この度は120号の絵に実物の綿を貼って説明する事にし、シャツも手にとって見て頂けるようにします。これに新しい絵本「こっちゃんとたのしいせいかつ」の原画が加わります。毎日、毎時、新しい観戦の報道があります。どうぞ、勝手ながら無事開催できますよう祈るばかりです。
例年私の教え子達が東京から来るのですが、この度は駄目です。なにしろ70才を過ぎてますから…。又の日を楽しみにしています。

あまり夢中になって用意していたら背中が痛くなり、医者には怒られるし、娘からは「少し、じっとしていてくれると、すごく助かるよ」と言われてしまいました。だけれど、何もしない事の大変なこと。つくづく思い知らされた春の日です。
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2020年01月28日

2020年になって

あけましておめでとうございます。
暖かいお正月でした。季節は大寒を過ぎ立春を迎えようとしています。鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく) 東風解氷(はるかぜこおりをとく) 黄鶯睍v(うぐいすなく) 魚上氷(うおこおりをはいずる) となり雨水、啓蟄と続きますが今年はどうでしょう。池のメダカは水面に出て猫と戯れていますし、鶏も声高に刻をつくっています。畑には白菜が丸々と太って漬けるのに大忙し、高菜も水菜も青々として鶏にもお裾分け。もう冬の寒さは忘れてしまったようです。それでもカマキリの卵が高い所に作られているのはどうしたことでしょう。雪の多い冬は高い所にと聞いていましたが、雨が多いからでしょうか。柿にもユズにも、剪定しながら枝ごと低いところに移しましたが、無事産まれますようにと願っています。

シャツは織り終わり、仕立て上げました。結局今年の個展には4枚の新作をおめにかける事ができます。仕上がったシャツを眺めてみると 10年前のよりも緯糸も経糸も色数が多くなっています。かと言ってカラフルになったわけでなく、むしろ地味になって「10色もの色が一つの空間を造っている」と表現したら適当のようで、これこそ織物という絵画とは又異なった緯と経のマジックなのかと思っています。娘が「このシャツの格子をキャンバスに載せるのは難しい」と頭を抱えていましたけど…。多くのお客様に見ていただくのを楽しみにしています。

今年の個展は4月3、4、5の3日間です。一の坂の辺の桜並木が絶好のお花見ポイントで、その中心にあるアトリエでの展示ですが、桜がよい状態になって「こっちゃんとシャツ展」を祝ってくれますように。娘はポスターを作りながら「悪い事はもうしませんから桜が満開になりますように」と言って猫の頭を撫でています。と言っても無理ですよね。こう気候変動が大きいと梅も桜もどうなりますやら。ダボス会議でも単に経済という事でなく環境に各企業が目を向け始めたのは良い兆しであり人間一人一人が心する事なのでしょう。

今度発刊する絵本「こっちゃんとたのしいせいかつ」にも環境の話がたくさん出てきます。味噌を作ったり豆腐を作ったり、たくさんの動物達が自然の中で遊び競い喧嘩し…マンガであっても今、一番大切な事を画いているのかもしれません。中でも「蛍光染料」については多くの頁を割いています。食器を洗う布巾であり、お豆腐を作る袋であり、毎日かけているエプロンであり…小さな糠袋を作って食器を洗い、手を洗い、猫ちゃんの顔も洗う。勿論この糠袋を作る布には「蛍光染料」はついていません。洗剤を使うより良いのです。もう今から40年程前「糠袋を使いましょう」と運動してきました。やっと今になって絵本になりました。シャツも一段落したので見本に糠袋を作って展示しようとミシンをかけています。勿論このミシン糸も蛍光染料のついてない糸です。昔の一緒に運動していた友達が「まだやっているの?」とあきれた顔をしていました。もう髪の毛を振り乱して、黄色い声を上げて「石けんと糠袋を使いましょう」なんて叫びません。絵本を見て環境問題を考えてもらいたいのです。自分達の住んでいる地球であり、子供達の住む地球なのです。でも時々「自分はもうあと何年生きるのかな」と思い、「きっとあまり大きな変化もなく、この地球上に命の終わりまで住むことが出来るのだろう」ということが頭を過ぎる事があると「アタフタしても仕方ないか」とも思ってしまうのです。布団綿を使ってシャツを200枚も作っても生業にせず、絵本を自費出版してもたったの100部、猫と鶏と花と野菜と果物に囲まれて暮らしている生活は、未来の地球に何の貢献をしているのか疑問だと思いながら、令和2年が始まります。

どうぞ個展にいらっしゃってください。そして絵本と糠袋を御覧になってください。
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2019年12月26日

年の暮れに

令和元年もあと余すところ6日。冬至も過ぎ一日ずつ日が長くなるのが嬉しい限り。それにしても何と暖かい冬でしょう。乃東生(うるきしょうず) 麋角解(さわしかつのおる) 雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる) そうして小雪、大雪へと移り春をひたすら待つ頃になるのですが、昨年の暮れも暖かでした。畑の野菜も果物も豊作だったのに続き、今年も店先の大根の安いこと。ミカンが売り台に溢れています。我が家のユズも鈴生りで台所では絞るのに大忙し。おやつには勿論ユズのお菓子。これも地球の温暖化の「なせるわざ」でしょうか。喜んでばかりいられないのが今の地球の現状です。

私の作業場ではやっとシャツの布が織り終わりました。3ヶ月かかりました。途中で紫の綿が足りなくなって大困り。追加しようにも、どうやって染料となる葉や枝を組み合わせたかわからないのです。桜の枝、ビワの葉、山桃の皮、それにアルミの鍋に井戸水、椿の木枝の灰…これだけの組み合わせの色は、あまりにも微妙過ぎて同じ色は二度と出せません。この次からはもっと大きな釜で綿を1s位染めます。仕方なく経糸は同じにして緯糸の格子を違えて織りました。年明けから仕立てに入りますが、どんなシャツになりますか…。春の個展に間に合わせるため大車輪です。とは言うものの「あっちが痛い、こっちが痛い」とボヤイている85才は、目標にしている10回目まで到達できますかどうか。今回は過去の作品である大きなタペストリーも飾りますし、娘の絵も大きなものばかり、3日間の予定です。

「こっちゃんとたのしいせいかつ」の本もやっと4回目の校正が終わり印刷にかかります。個展にはお目にかけられる予定ですが、その校正の大変だったこと。吹き出しのセリフの配置が難しかった上、算用数字と漢数字の使い方が統一出来ず、辞書を引いたり、新聞を参考にしたり…全く不勉強この上なしの「ていたらく」。年末になってお正月の料理も作らなくてはならず、綿だらけの自分の部屋も掃除しなくてはならず…とんだ年の暮れになってしまいましたけど、どうにか目鼻がつきそうです。

いろいろな事があった令和元年でした。災害もありました。人災もありました。身につまされるような事件もありました。複数の方々を長い間看病して来た方の結末も、何の理由かわからずにいじめられて命を絶ってしまう子供達のことも、突如として我が子がいなくなってしまうことも、又その悲しんで探し求める親を口汚く罵る大人達も…みんな行き場のないどうしようもない現実なのでしょうか。つくづく「大人の役目とは」と考えさせられた一年でした。

さあ、まだ現役の大人の一人としてお豆腐を作って、お味噌を仕込んで、ケーキを焼いて、シャツを作って、60年近く続けてきたお正月の御節料理を作りましょう。よいお年を。
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2019年11月27日

うれしかったこと

カレンダーも残り少なくなり小雪も過ぎ大雪になります。虹蔵不見(にじかくいれてみえず) 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう) 橘始黄(たちばなはじめてきばむ) 更に閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)、72候の通り我が家のユズは大豊作、電線にも届くような大木で、冬空に鈴生りになっいる姿は見事。その天辺にひよどりが数羽群れているのも冬の風物詩。「死んだらひよどりになりたい」と言っていた母だろうかと眺め、ユズだけではと思い、最後の柿の実を進呈する事にしました。ここ山口市の日の出は現在6時56分、山の端に隠れている我が家ではラジオ体操するのも真っ暗。部屋の中で電気をつけてやっています。冬至に向かってまだまだ遅くなるでしょう。

畑ではやっと昨日夏野菜の最後のナスを抜き肥料を入れカブを蒔くことにしました。あとオクラが1本残っているだけで冬の畑になります。ナッパ類の小指の先ほどの菜を間引くのは私の仕事、どこにでも種を蒔いてしまうのが娘の仕事、その芽を青虫の如く毎食、食べるのも2人の仕事、全く、冬の畑は大忙しです。忙しいと言いながらも剪定したユズの枝を燃やして作ったハムは絶品です。

絶品というと、うれしい事がありました。知人から久留米絣の一疋ものをいただきました。一疋(布二反を単位として数える語、男物に使う) もう戦前の品でしょう。反物を包んであった文庫紙には右から左へ縦書きで「洗濯法の御注意」とあり「久留米絣は純正藍でありますから、洗曹達や石鹸は大禁物であります。成るべく炊き灰を少量でも水に浸し澄んだところにて御洗ひになれば絣もはげず良く垢も採れ為に宜敷くあります。」細かい蚊飛白よりまだ複雑な絣で男物の最上級の品でしょう。
私の父も戦争が激しくなる迄、役所へは着物で通っていました。その頃、このような絣を着ていた記憶はあるのですが、それも私達のモンペになってしまいました。もう30年も前、久留米絣の松枝玉記氏の作品を見たり、手結いで絣を作って染める工程を学んだり、全国各地の絣紋様を集めたりもしました。勿論反物として存在していなく、布団だったり夜着だったりで、それらの保存のため洗って自分が着られるように長着やコートに仕立て直してあります。久留米絣は絵絣はありますが、新品の男物の絣はうれしい限りです。

シャツはまだ織り終わりません。紡ぐ糸が細かくなっている為、時間が倍もかかり、少々顎が出そうになっていたら娘に「レモンのタルトが焼けたから、ガンバレ」と言われてしまいました。来春の個展の為、新作9枚仕上げます。ついでに絵本「こっちゃんと楽しい生活」の校正に入り難しいこと。あまり細かく指示するものですから娘が「年寄りが言い張るので…」と謝っていました。個展の時にはお見せ出来る予定です。どうぞ御期待のほど。
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2019年10月29日

自然の力

霜降から立冬へと移るこの季節、なんと暖かいのでしょう。72候では霜始降(しもはじめてふる) 霎時施(こさめときどきふる) 楓蔦黄(もみじつたきばむ) とありますが霜はまだ降りていませんし、庭のもみじもまだ青々としています。第一、1年中和服を着ている私にとって10月は単衣から袷に着替える大切な時期なのがあまりにの暑さに逸してしまいました。それにしても霎時施(こさめときどきふる) とあるのは間違いです。台風19号も昨今の大雨も何と説明したらよいのでしょう。「気候変動です」とだけでは澄ましていられない事態だという事は誰もが分かっているのです。早急に政府も国民も一丸となって考え行動に移らなければならない時です。新しい、より精巧な量産コンピューターに計算して答を出してもらいましょう。きっと今世紀末には3度気温が上がり「地球の未来はない」と答えるでしょう。

小さな畑も異変続きです。まだ露地のトマトもピーマンもナスも収穫出来ます。その変わり冬野菜の種を何回蒔いても虫に喰われ坊主になってしまいます。花壇では娘がせっせと種を蒔き球根を植えて春を待っているのですが「ちょっと気温が高過ぎる」なんて言いながら鉢をあっちにやったり、こっちにやったり。花盛りの花壇を道行くお年寄りの人々に誉められたくて、それをまたキャンバスに写すことが最高の楽しみで…。

私の仕事場のシャツ、緯糸も決まり織り始めました。緯糸は全部で12色、淡い色の組み合わせです。中心になっている薄紫は自分でもどうやって染色したかわからないのです。梅の枝、ビワの葉、山桃の皮を煮出した所までは経糸と同じなのですが、その綿の一片が竈の灰の上に落ちた時、それを井戸水で洗ったら紫に変色していたのです。ほとんど媒染せずにいた私にとってびっくり。さっそく全部椿の葉から作った灰汁につけて洗ったら、みごとな紫。今まで紫が欲しくて色々試してはみても、教本通りにはいかず「やっぱり紫は…」と諦めていました。ギリシャ・ローマ時代の服色でも優婉、高貴、優雅、神秘、永久などを象徴し高尚な色として好まれ、日本でも紫袍は一位のものであり、もちろん禁色であったのです。紫根染による紫と異なり「似紫」ともいえないような浅紫ですが、「これぞ植物と灰と水のおかげ」と悦に入っている所です。まあ退色のほどは長年着て洗ってみないとわかりません。今までにない強いアクセントの入らない緯糸の組み合わせは初めてで、全体に淡く春のシャツで、4月始めの個展にはピッタリです。娘はあまりにも淡く全体が一色に見え画けないといいキャンバスには登場しないらしいです。

今年もユズが黄色くなり始めました。柿はほとんど食べ終わり、イチジクも終わり、ミカンを待っています。リンゴは水害に遭った農家の方々が元気に元通りに戻られたら食すことにしましょう。それまでリンゴのパイはお預けです。食物にしても染色にしても自然の威力をつくづく知った一ヶ月です。寒さに向かう時、どうやって生活を立て直すのでしょう。風で落ちたリンゴなら協力して買い加工します。けれど泥水に浸かった農産物はどうしましょう。せめて国がちょっとだけ防衛費から工面して「収穫後の米は…」なんて言わないで、例外を作って手を差し伸べてあげられないものでしょうか。

これから毎年起こる災害かもしれません。今迄通りの予算の組み方では立ち行かなくなる事は目に見えています。メロンを配るより真剣に議論していただきたいのです。年寄りも病気の人もホームレスの人も、車中泊の人も、みんな安心して住める国にです。まあ、無理なんでしょうね。
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2019年09月29日

秋分も過ぎて

白露も過ぎ、秋分も通り、寒露を向かえるこの頃です。玄鳥去(つばめさる) と言い慣わしている通り、ガソリンスタンドの軒先の巣はもう空っぽです。しかし雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ) の方はどうでしょう。先日の台風には直撃され、風も雨もゴロゴロも一緒で怖い思いをしました。雨戸を閉めようにも古い木造家屋では戸袋から引っ張り出すのも一苦労、8枚の板戸のうち6枚だけにしてしまいました。でも無事に終わりました。翌日の庭の大変な事、太い大きなイチジクの木が傾き、杭を打つやらロープで引っ張るやら、この2、3日仕事場に入ることも机の前に座ることも出来ませんでした。未熟なイチジクの実を前にして頭を抱え「何か利用法はないかしら」と娘に尋ねるのですが「おかあさんが食いしん坊で木を大きくし過ぎたから…」と言うばかり。夕方にはすっかり剪定し終わりました。つくづく災害に遭われた方はどんなに大変だったかと思うばかりです。改めてお見舞い申し上げます。

シャツはやっと経糸の染めが一段落しました。植木屋にもらった桜の枝と、ビワの葉を一緒に煮て染め出した色のなんとやさしい色か。紫とピンクと灰色と混ざった薄い色、赤白橡(あかしらつるばみ) とでも言うのでしょうか。本当の赤白橡は、延喜式にもみえる染色であり、明るい灰黄赤、黄櫨染を下染としその上に茜染をかけて灰媒染をして染めたようです。どうしてこんな色が出たのかわかりません。桜の枝は直径3p程のものを10p位にカットして、ビワの生葉と共に煮出しただけで媒染なしです。720本の経糸のうち144本使います。又、山桃の皮とたまねぎを煮出して海松色を作り、288本使います。海松は浅海の岩石に着く海藻で古くから万葉集や風土記にもこの記述はありますが、色彩色としては中古からのようです。偶然の産物のような色ですが3割近く使ったらどんな格子になるのか、緯糸が勝負になるようです。

それにしても36本使う赤が染められないこと。どうしても欲しい色が出来ないのです。母が「娘の頃、赤い色の入った着物が欲しかった」とよく話していました。明治30年代の事です。家で染めた色は茶色、紺屋に頼んでせいぜい藍色、木綿綿に赤が添えられる事はありませんでした。けれど村の「おだいじん」の娘さんは赤と紺の縞を着ていたとか。

10月に入ったら織りに入ります。その前に整経の仕事がありますが、これが面倒で体力が続かなくなったら、シャツ作りも終わりです。台所ではケーキの焼くいい匂いがしています。おやつの時間を楽しみにしてもう一頑張りです。このシャツを作る事が地球温暖化に寄与しているか問われたら何と答えましょう。布団綿を捨てて燃やさないから、少しはCO2の削減に役立っているとでも答えて納得することにしましょうか。国連での16歳の少女の演説を読みました。キラキラ光って眩しい限りです。私達大人は夢中になって便利な物を作り、今度はそれをなくす努力をする…ペットボトルから衣服を作ると企業は胸を張っていう。その衣服は不必要になって捨てられる時、異なる成分になっているのでしょうか。改めて1週間一度出すプラスチックゴミの多さにびっくりします。それから「食品ロス」の削減推進法が施行されるのにも又々びっくり。食いしん坊の2人家族、どこに食品ロスがあるのかと見回した始末。結局あの少女の言う通り「金儲け」にうつつを抜かしてきたのかとも思うけれど、老後の2000万はどうしてなのでしょうか。消しゴムでごしごし消せたらどんなにいいでしょう。ついでに原発ゴミも。
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2019年08月25日

わからない事

雷様にどしゃ降りの雨、ついでに台風の余波の大風と揃ったら、もう庭中駆け回って大童。24節気では処暑です。綿柎開(わたのはなしべひらく) 天地始粛(てんちはじめてさむし) 禾乃登(こくものすなわちみのる) そうして9月8日の白露へと移ります。72候の通り、涼しくなりましたし、稲には穂が出て食欲の秋となるのでしょうが、サンマが穫れないでイワシが大漁だとのニュースにはびっくり。今出回っているのは昨年の冷凍品で、来年にはこの冷凍品も少なくなるとか。理由はいろいろあるのでしょう。我が家の小さな畑も同様で、カボチャもトーガンもキュウリもナスも不作で、昨年の今頃が羨ましくもあり、つくづく「こっちゃんカレンダー」の8月を見てしまいます。物干しの上にも、イブキの木の天辺にも、ヘチマやソーメンウリがぶら下がっています。せめて秋野菜に望みをかけることにします。花壇では例年だと虫に喰われてしまうタカサゴユリが、元気に花をつけ香りを放っています。朝顔も百日草もルコウ草も元気です。キュウリまでも一緒に竹垣に登っています。畑の方のは駄目ですのに…。「全くわからない」と首を傾げるばかりです。

「わからない」のは日韓関係です。こんがらがった糸を1本1本丁寧に解していかなければならないのでしょう。お隣の国なのですから。私なんか、そのお隣の国の言葉も知らないし、テレビに映る諺文さえ読めないのです。1957年(昭和32年) に初めて勤めた学校に韓国の子がいました。勿論、日本名でしたが、北か南かも知りませんでしたし、クラスの仲間誰一人特別にすることなく3年間過ごしました。卒業の時、記念にと民族衣装を着た大きな立派な人形を貰いました。その子が作文で表彰された時には、チョゴリを着た沢山のお母さん達に囲まれ口々にお礼を言われ (意味不明でわからなかったのですが…) 目を白黒して写真を撮りました。今頃どうしているでしょうか。頭のいい子でした。
蛇足ですが、一回りも違うその頃の教え子達が、まだ私の個展「こっちゃんとシャツ展」に毎回顔を出してくれます。その「東クン」の消息が分かるといいのですが…。

シャツを制作し終わって1月経ち、今は私の仕事台の上にはミシンが置いてあり、四六時中音を響かせています。シャツを制作している間は絶対に手を付けない山のようなミシン仕事で、この度は特に、茶箱から引っ張り出した衣類、子供達の小さい服、母が残していった着物、全部解く事から更生する迄、部屋中糸屑だらけになりながらの奮闘です。出来上がったのはモンペ6枚、上張り5枚、ねまきが3枚、大部暑い中、働きました。これは毎年のことですが、今年は特に、知人の息子さんが、母上が亡くなり、新盆を迎えるのに片付けが大変で…と話していられたのが耳に残り、自分の年と、身の回りを眺めた次第だったのです。これだけあったら娘と二人、一年中の畑仕事に庭仕事、それに台所と染め物と、機織り迄、普段着には困りません。その母上も普段は元気に絵を画いたり、着物のリフォームを趣味でやっていられたそうです。それで余計片付けが大変だったのでしょう。「ゴミ」として捨ててしまえば済む事です。何故こんなにも労力と時間をかけてするのか、そんな事自分にもわかりません。世の中には、わからない事が沢山ある事だけは、この年になるとよく分かります。

9月に入ったら本気にシャツ作りです。今年は植木屋がビワの枝を切ったのでそれから始めましょう。これからお正月迄に1枚仕上げ、個展には新作3枚出してマネキンに着せます。個展も5回目になるので、旧作の大きなタペストリーも飾り、3日間開催です。娘も100号を揃えていますし、新しい絵本「こっちゃんと楽しい生活」をお見せします。こっちゃんシリーズ3作目です。どうぞ御期待下さい。
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2019年07月25日

梅雨が明けたら

あれ程雨を待っていたのに、もうたくさん。お日様の顔が見たいこの頃です。昨年のこの時季はもう暑くて暑くて水銀柱も連日上がりっぱなし。さころが今年はまだエアコンもつけていません。24節気の大暑です。桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ) 土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし) 大雨時行(たいうときどきふる) となり立秋へと向かいますが暦通りにはいかず、あたふたしているのは人間だけではありません。畑の夏野菜も日照不足でキュウリもナスも満足に穫れず、カボチャも茎が傷んで実が大きくなりません。元気なのはニラとイタリアンパセリ、バジルにフェンネル、とにかくハーブ類が茂りミョウガも毎日ボール一杯です。急いで秋蒔きのキュウリの種を買って蒔きました。例年ですと大きなキュウリや皮が固くなったナスが台所にゴロゴロしていますのに。花壇も同様です。娘は苗をあっちに移したり、こっちに入れ替えたり、支柱を建てて可愛がってやるのですがヒマワリは小さく、百合もショボンとしてます。ただ池の中の蓮の花だけが首を伸ばして雨に向かっています。もうすぐ梅雨明けです。どんな天候になりますやら。地球温暖化が影響している事は否めないでしょう。どこから手をつけたらよいのか、子供達に少しでも増しな環境を残したいと思いつつ投票に行ったけれども投票率の低さと「どうせ変わらない」という言葉に唖然としています。便利になった生活、その副産物としての今の状態。元に戻すことなんて不可能な事はわかっていますけど…2000万円問題よりも心に重くのしかかります。

シャツ3枚仕立てあげました。随分今までと異なった色使いだと思ったのですが、やはりどこか和服の匂いのする格子になりました。クチナシの黄色が心配していたよりよい状態に収まり地色のビワの薄橙色を引き立てている事に一安心です。けれど10m織る間に縞の順番を3回も間違っている事が布を広げて裁断する時わかり大童。仕方がないので娘の作業着にする事にし「いろも」で印をつけました。(注 「いろも」とは色のついたシツケ糸の事で使っていましたが辞書には見当たりません) どんな細かい格子であってもあまり間違う事などなかったのですが。まあ年のせいとしておきましょう。要注意です。

梅雨が明けたら次のシャツの染めにかかります。庭中の剪定も終わり裏にその枝が山になっていて、まずニッケの葉とドングリの葉を煮出しビワの葉をかけてみます。それからアンズの枝も山程あり忙しい夏になりそうです。その染めに入る前にダッチオーブンで肉を焼くことがあり、枝と葉を区別する仕事もあり、1日30分の歩く運動なんて夢の又夢です。

忙しがっていられる仕事があって、創るものがあって、お腹がすいて、読む事も書く事も出来て、若い時は何も思わなかった事が今になるとただうれしい限りです。次のシャツにとりかかります。
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2019年06月26日

雨待ちの日に

ここ山口県は夏至を過ぎたのに梅雨入りにはならず、花壇も畑も悲鳴を上げています。菖蒲華 (あやめはなさく) 半夏生 (はんげしょうず) 温風至 (あつかぜいたる) となり小暑から大暑へと続き夏野菜も旬を迎え食卓を賑やかにするのですが、今年はもう店先にはトマトもキュウリもナスも山積みになっています。我が家の畑でも例年になく収穫でき楽しんでいますが、気候のせいでしょうか、カボチャは畑中這い回り、カモミールはナスの間に繁茂し、その間にトウモロコシが首を出し、バジルもパセリもエゴマもズッキーニもオクラも、ついでにゴーヤにトーガン、勿論トマトにキュウリまで、まだまだ両手に余る程の植物が競い合って夏を待っているのですが、果たしてどうなるでしょうか。昨年植えた桑の木に実が沢山つき、タルトの飾りに絶好ですし外仕事の時、口の中へ放り込むのはうれしいものです。小学生の頃、カイコを飼って桑の葉を探して歩いたのを思い出しました。

小さな畑にあらゆる果樹と野菜を植えているので、その世話の大変なこと。ちょっと油断すると鶏小屋の上にサルナシとカボチャと山いもが絡み合ってしまいますし、ニッケの大木の上にトーガンが涼しい顔です。それに染料にする葉を穫り、灰を作るための枝を燃やし、頬被りして長靴を履いて動き回っている姿なんて見られたものではありません。けれど収穫の喜びと、染め上がった満足感は言葉には言い表せません。

シャツ、もう少しで織り上がります。クチナシの黄色と、黒豆の空色、びわの葉のうす橙色、10色の織りなす格子は仕立てが楽しみです。このシャツに白いパンツを組み合わせます。勿論帽子は青とピンクのキャスケット。来春の個展にはチョッキも何か考えます。
あと布団は2枚です。10s以上の綿があります。何年かかるでしょう。1日に紡げるのは精一杯90gです。まあ老後の2000万円問題より私にとっては大変なことです。この綿だけは紡いでシャツに仕立てて、母に報告しなければならないのです。しかし困った事も起こります。井戸水を沸かして黒豆を染めて空色を出していたのが、豆が変わったのか水か変わったのか、ちょっと気に入らないのです。今年あたりは月桂樹の葉も色相が異なるかもしれません。カモミールの花が例年になく大きく、匂いが強くなっていますし…。

令和になってどうでしょう。物騒な事が多すぎます。それに悲しい事も多すぎます。私の兄が7月号の「歴史街道」という雑誌に「下級役人はつらいよ 万葉びとが込めた想い」という論文を寄稿しています。「虐待」も「引きこもり」も「2000万円」の問題もみんな平成から続いてきたのでしょう。もしかしたら昭和か、もっと前からかもしれません。格差は万葉の時代からあったのです。問題が多すぎますし大き過ぎます。ただ「パターを鍬にかえて」なんていう問題ではありません。「老後をどうやって生きるか」という事は、お金の2000万円の事だけでなく「何をして、何を目標にして」という事でしょう。勿論お金がなかったら何も出来ません。「食料の足しに畑を作ろう」なんて唱えても、土地がなかったら出来ません。それに体力がなかったら無理です。都会に住み地方に畑を作ってなんて誰もが出来る事ではありません。これからの時代「令和」という心地よい名称の時代に酔っていてはいけないと思っているところです。自分はあと何年生きているかという所ですが、子供達は違います。「レジ袋反対」の運動をしていた50年前、その運動を続けていたら今のマイクロビーズの問題にならなかったのかと反省しつつ、今のこの混乱した世の中、どうにかならないかと歯軋りしている雨待ちの日々です。
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2019年05月24日

シャツとは

立夏も過ぎ小満を経て季節は芒種になります。蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)というように我が家の裏庭の桑の葉も大きくなり沢山の実をつけています。ジャムを作る日も間近でしょう。まだ小学生の頃、カイコを飼って食べさせる桑の葉を早朝から探し回った事を思い出します。いくら昭和の初期とはいえ東京の町中では滅多に見付かりません。ボール箱の中で繭を作らせ、母がそれを真綿に四角に伸ばすのを見て手品かと思ったのも遠い昔の事です。今、ちょっと飼いたいのですが、鶏と野良猫と花と野菜じゃ手が回らないでしょう。どうせ娘の手が必要なのですから。芒種になると、麦秋至(むぎのときいたる)蟷螂生(かまきりしょうず)となりますが、今年は気温が高いためか「かまきり」も産まれていますし、麦も黄色になっています。「夏至」を待たずに、菖蒲華(あやめはなさく)になるのでしょうか。

夏野菜はほぼ植え終わり、今年は暑いのでナスもトマトも順調に育っていて昨年とは大違いです。エンドウ豆は全部収穫し、袋1つは冷凍し冬に備えました。又、カモミールの花摘みは意外と大変で、大昔の綿摘みとどっちが大変かななんてボヤキながら夕方の仕事にしています。こちらも冷凍し、1年中のお茶に柿の葉やドクダミと一緒に入れて香を楽しみます。しかし旧暦5月は「辟邪の風が吹く」といわれ病虫害が発生しやすくなるので注意しなくてはなりません。自分の庭で野菜を育て果物を収穫しそれで食欲を満たすことは到底難しいことはわかっているのですが、どこまで出来るか、どこの点を市販品に頼るか、それが一番大切なことだと娘と話し合っています。その考えが現在世界中で問題視されているプラスチックの問題でもあり、水の汚染の問題でもあるのです。これから20年も30年も経ったら、海の魚は全部食べられなくなり養殖に頼るようになるのでしょうか。有機フッ素化合物による水汚染の問題も飲み水の状態を早く全国調査する必要があるように思われますし、便利な物を望むだけ危険な場合もある事を改めて意識する時代に入ったとつくづく思います。令和という時代が表面上の平和になりませんように。

シャツは順調に織り進んでいます。単純な格子縞なのですが9色の緯糸を複雑にからませてみると、10pも織り進んで眺めてみて、間違いに気が付くことがしばしばあり「年のせい」なんて歯軋りしています。紡いでいる時も織っている時も何も考えません。ただ只管です。この仕事が「無駄でしょうか」とか「意味を考えたり」「生業になってないのにどうしてかしら」なんて考えませんし、もう「空」の状態です。ところがふと気が付くと娘がシャツを「直」に着ているのを目にしたのです。「おかあさん、このシャツは、ものすごく着心地がいいのよ」といって麦わら帽子に素肌の上にシャツを着て植木の剪定をしているのです。なる程と思いました。以前の個展の時に「寝る時に着たいから」と言っていられた方がいらっしゃいました。その時は評価が下がったと思ったのですが、今になると最高のお褒めの言葉だったのでしょう。風の便りに、今、病に伏せっていられるとか…。もう6年も前の話です。シャツはやはりシャツです。オーガニックコットンであり、植物染料しか使わず、勿論蛍光染料も使わず、縫製の糸も染めて使っているシャツこそ、素肌に着て仕事をしてもらいたいものだし、寝る時に着てもらいたい最高のシャツだと、100枚以上も作って知った状態です。あと10年生きていたら、私のファッションに関する考え方ももっと確実な物になるかもしれません。

今年は単物 (ひとえもの) の出番も早く、6月を待たず着始めました。その1枚に鹿児島の方に送って頂いた青い紬が加わりました。母上が織った品だそうで「もう手を通す事もないから」と言っておられました。早速洗い張りし、単物に仕立て直し、御披露目しました。買い物にはこの上に絞りの浴衣地の上っ張りでも着ましょうか。いくつになっても、着る事は楽しいことです。
posted by ヨシミ at 23:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする