2020年07月26日

梅雨の日に2

熊本豪雨で被害に遭われた方々、どうしていられるでしょうか。ここ山口県は中国地方とはいいながら九州に近く、知人もたくさんいます。毎年季節の果物を送ってくださる方、昔ながらの技法で菜種油を絞って何十年も我が家の食卓を楽しませてくださっている油屋さん、川で釣った魚を甘露煮にして川魚の美味を味わわせてくれた方、みなさんご無事でしょうか。お見舞い申し上げます。

季節は大暑、桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ) 土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし) 大雨時行(たいうときどきふる) そうして8月7日はもう立秋で、この時期強い日光と夕立で植物の生長がめざましく、葉や実が茂り、夏野菜が旬を迎える筈なのにどうでしょう。日照不足で野菜が大きくならず、ナスもキュウリもトマトも駄目で、辛うじてミョウガが食事の主役になっています。我が家の畑だけではなく、スーパーの野菜の高値のこと。我慢の一時です。こんな時こそ冷凍庫の出番で、高菜の漬け物、キャベツの丸ごと、ニンジンの割干し、フキの下茹、ソラ豆もエンドウ豆も、何でもあります。昨年のトマトもキュウリもあります。これで雨が上がったら、ナスもカボチャも仲間入りする事でしょう。野菜の事もわからないと思っていたら、魚の事もわかりません。その日その日で大漁だったものを買い求め加工しておくより仕方ありません。ここは温泉街で旅館も多く、若い男の人が仕入れのため籠一杯タコを買ったり、イカを買ったり、昨日はサバを20匹位求めていたので、私も真似して、きっと新しく値段も手頃なのだろうと思い10匹買ってきました。1匹59円。家計簿によると昨年は255円でした。料理屋さんじゃあるまいし、どうやって加工して保存するか、その日、1日の大変だったこと。おかげで10日分の食糧ができました。猫も鶏も大喜び。娘曰く「暇があるからこんな丁寧な事できるのね」その通り。何につけても自分の納得のいくまで注意を払って丁寧な仕事をしなくては決して満足のいく物は出来ないものです。

私の仕事場ではやっと緯糸も決まり織りの作業に入りました。経糸7色、緯糸8色の組み合わせで格子にしましたが、やはり桜の枝とビワの葉の淡い色はおとなしく、藍と紅と黄の強い2oの線に救われた様子です。こうした僅かな色の配合が全体の決め手になる事は何百枚織っても難しく、思わず2021年春夏パリミラノコレクションに目が留まり溜息が出た始末。どんな格子もただ美しいだけでなく遊び心も安らぎも、着る人が笑顔になる、そして実用性のあるチェックでなくてはならない、そこに私が何十年もの間、着物を通して培ってきた美に対する意識の集大成があると信じて、残る十年間、機に向かっていこうと雨を眺めながら決心を新たにした事です。何ごともすぐ結果が出ない事はわかっています。それが証拠に7月から始まったレジ袋問題です。今から40年位前、小さな田舎町の焼却炉問題で生活学校を立ち上げ、プラ問題にかかわりました。スーパーのレジ袋の枚数を調べ廃止に取り組み、レジ袋の代わりに壊れた傘で袋を作ることを進め、その運動で県代表で労働省(当時)からも表彰されました。しかしそこで終わりました。まだ時期尚早だったのでしょう。しかし運動の首謀者だった私は、すっかりプラ製品が嫌いになってしまいました。まあ、運動とはこんなものでしょう。その時貰った記念品の時計は、昨年まで仕事部屋の柱にかかっていました。

詳しくはこちら
労働相表彰
レジ袋

梅雨の最中、コロナも加わって家の中で過ごす時間の多いこの頃、活字に親しみ、手仕事に精を出し、ちょっとの晴れ間に庭に飛び出し、タイタンビカスの真っ赤な大きな花を愛で、猫の尻尾を引っ張る、まあこんな生活も良しとしましょう。いつかは晴れることを信じて。
忘れてました。ケーキが焼けました。鶏の初卵のケーキです。
posted by ヨシミ at 13:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月27日

梅雨の日に

少しずつ日常が戻ってきたかと思ったら、もう夏至も過ぎ、梅子黄(うめのみきなり)、乃東枯(うるきかれる)、菖蒲華 (あやめはなさく) 半夏生 (はんげしょうず) そして小暑になります。今は梅雨の真っ最中、強い雨雲がかかっていますが、被害が出なければと願っています。それにしても今年は梅が不作だったのでしょうか、我が家の梅も掌に乗る位だと思ったら、20s見つけたのがやっとでした。梅干と酢漬けにして梅肉エキスは来年の仕事にします。畑ではカボチャもキュウリもトーガンも、みんな勝手に大きくなってしまい、蔓の誘引に大童。おかげで最後の機会と楽しみにしていた日蝕の事をすっかり忘れてしまい、後悔先に立たずでした。次の時はどうなっていますか…。

仕事場では次の個展のための経糸を計算し整経し機にかけ終わりました。細かい仕事の連続でちょっと背中を骨折した事もあって不安でしたが難なくです。次は緯糸の染めにかかりましたが、桜の小枝を1日中、大きな竈で煮詰め、綿を入れて又1日中染めたのですが、あまりにも淡く、その上にビワの葉を同じように煎じ染めてみたら、やっと薄いビワ色と桜色の混合した地の色ができました。これを紡いでやっと機の前に座れます。6回目の個展の為にと思うと、ちょっと気分も新たになり、テーマは何にするのかと思ったり、シャツだけでなくどんなタペストリーを飾ってみようかとか、苦労より楽しみが増えます。今までの5回はただ夢中でしたが、これからの残り5回は人生の集大成です。さっそく経糸に使う木綿糸を6s、2年間分注文し、客用布団の残り2枚のうちの1枚を解し、染めにかかりました。多分もう1回経糸を6s注文し、残りの布団を解したら、個展も終わりを告げるでしょう。こうして1960年代結婚の時、母が仕立てた婚礼布団は200枚余りのシャツに生まれ変わり、娘の手に渡ります。母も喜んでいることでしょう。

「もったいない」も「リサイクル」も単にお題目だけでなく「使えて、美しい物を目標にしなくてはならない」が一貫して私の主張です。建築家の隅氏もこれからの建物について「箱ではなくて人間が住める美しいもの」と語っていられました。コロナによって人それぞれの立場で考えられた事は多くあるでしょう。インドでは綿花の需要が減って経済的に打撃を受けているとか。日本でもパリコレの縫製を手掛けていたメーカーが減益で困っているとか、何故コロナと関係あるのかと不思議に思う事ばかりです。メバルが1匹195円です。大きくて30pもあったでしょう。2人で食べても食べきれません。猫にも鶏にもお裾分けです。その代わり、大根1本200円にはびっくりです。

我が家に新しい家族、鶏5羽が入りました。だいたい卵を1年産んで寿命は3年、雄はその倍位生きます。今朝小さな小さな卵を産みました。まだ雨粒も知らなくて、鯛の目をつついています。
posted by ヨシミ at 21:00| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月25日

五月晴れの日に

コロナ、コロナと騒いでいるうちに季節はもう小満も過ぎ芒種を迎え、まさに麦秋至(むぎのときいたる) 螳螂生(かまきりしょうず) であり、腐草為蛍(かれたるくさほたるとなる) 梅子黄(うめのみきなり) となり、夏至になります。旧暦5月は「僻邪(へきじゃ) の風が吹く」といわれ病害虫が発生しやすくなると言い伝えられてきましたが、その通り、我が家の畑のキャベツは虫だらけ。毎日、朝夕に青虫を捕獲していたのですが、もうお手上げの状態。仕方ないので少し大きくなったのを収穫し、水に浸けて虫を退治してから冷凍しました。きっと盛夏の頃にはサラダの絶好の材料になるでしょう。しかしこの話には続きがあって、昨日大量の生ニンニクを仕入れ、皮を剥いて、その皮を畑のキャベツの間に散らしておいたら、モンシロチョウが寄りつかないのです。その匂いが嫌いなのか、お気に召さないのか、それとも花壇の花の方が似合っているのか、よくわかりません。なにしろ我が家の畑は、イチゴもニラもアップルミントもフェンネルも、ありとあらゆる植物が混植状態で、その中にトマトもナスもキュウリもあるのです。お互い喧嘩したって仕方ありません。厭だったら勝手に根が好きな場所に移動するだけです。それが証拠に、ユズの木の下のフキが今年は柿の木の下に引っ越してしまい、安住の地なのでしょう、もう毎日、穫っては茹でて、冷凍するのに追われています。

こんな外出禁止といわれている日々、呑気な話ですが「へぇー」と思う事もあります。週1回の常の買い物の日に、魚屋で見つけた物は、大きな150円のサバ、290円のズワイガニ、380円のチヌ…。どれも新鮮で大きくて到底2人では食べ切れない…。それに普段だったらとても手が出ない値段…。温泉街の料理屋の閉店のためでしょうか。こんな田舎町にも影響はあるのです。喜んでいいのか、町がさびれていくのを目の当たりにしてみて悲しんでみるのか、どちらにしても早く平常に戻ることを祈ります。

絵本「こっちゃんとたのしいせいかつ」の評判は上々です。「装丁が丁寧で美しい」と言われるのが一番嬉しい事です。何でも作る仕事に携わった時に「自分の力を出し切っても美しい物を作らなくてはならない」というのが信条ですから。その上「今の時代にぴったり」とまで言われると、もう欲が出るもので、自費出版の100部は少し足りなかったかなと残りを眺めています。

今日も工事の音がしています。耕運機の音でなく、コンクリートを打ち込む音です。我が家の周りは30年前引っ越して来た時、田畑の中に2、3軒の日本家屋が並び、垣根もなく道路沿いに畑も花壇もあり、広々とした一面の水田があるだけでした。それが高速道路が出来、インターまで出来てしまうと、水田は全部宅地になってしまいました。ガソリンスタンドが出来、コンビニが出来、何軒もの有料老人ホームも出来、便利になったようです。けれど崩れかけた空き屋はあります。子供達が虫を追いかけていた原っぱはもうありません。いくら「密」はいけなくて「外出自粛」といったって、広くない家の中で子供達はどうするのでしょう。せめてお庭があって、お花が咲いていて、と思うのですが、今の世の中、贅沢なのです。マンションに住んでいたらとても無理です。
医院もたくさん出来ました。年を重ねたら医者に通って老人ホームに入るのが定番になるでしょうか。ちょっと違うと思っている自分がいるのですが…。

青空の下で、桜の枝を染めます。そして「こっちゃん」に淡い桜色のシャツを着せます。どうぞお楽しみに。
posted by ヨシミ at 22:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月24日

個展が終わって

個展が無事終わりました。開催して2週間、もう感染の心配はないでしょう。本当に一の坂の桜が満開で天気は上々、桜見物の方々が連なって見に来てくださいました。この度の個展に関しては娘が宣伝方々広報の仕事を受け持ったからか、新聞にもテレビにも取り上げてもらい、旧知の友達の顔が大勢みられてびっくりするやら懐かしいやら…。残念な事に遠くの知人にはお逢いできませんでした。前日の会場の飾り付けから後片付けまで5日間、体が保つかなと不安をかかえながらの仕事でした。というのも、みな様に「85才ですか」と言われ、自分の年をこんなに思い知らされた事はなかったのです。前回は何とも思わなかったのに。今回は作品が大き過ぎました。100号と150号の絵5枚と、タペストリー7枚、1pの狂いもなく陳列することの難しさ。業者は2名頼んだのですが、やはり主導権は自分達ですから。会場の模型を作って何回も頭に叩き込んでの設置でしたが、何と難しかった仕事だったか。その代わり楽しい3日間でした。「こっちゃん」「あまねちゃん」「ごうちゃん」「ひろしくん」とお互い、50年も前の子供の名前を呼び合いました。「いりこ3匹運動」も「ぬか袋運動」のことも、「レジ袋いりません」の事も「かさの袋」の事も、みんな遠い昔の運動を覚えていて、大きなタペストリー「大脱走」を撫でていました。至福の時でした。

5日間も昼間留守にしていたのに、畑も花壇も知らん顔、キャベツは大きくなるし、豆の花は盛り、三つ葉は穫り切れないし、フェンネルの茎が玉ネギより大きく肥大化し、苺の花も咲いてました。花壇なんて何の花かわからず、娘に聞いて廻る始末。猫も鶏もお留守番ができました。又、来年の秋です。さっそく染めにかかります。

季節は「清明」「穀雨」「立夏」へと続きます。虹始見 (にじはじめてあらわる) 葭始生 (よしはじめてあらわる) 霜止出苗(しもやみてなえいずる)。夏野菜の植え付けが間もなくです。全国で最低に近い地価だからでしょうか、畑も田んぼも次々となくなり住宅地になっています。もう田植えの時になっても耕運機の音ひとつしません。時々これでいいのかなと思って眺めていますけど。

昨日今日のテレビはコロナの事ばかりです。地球環境が変わり、温暖化が進み諸々の事が重なっての事だと学者の先生は解説し、そして全て発展至上主義であり、経済が人に売り易い物を作ってきたからであり、自給自足という根本を忘れてしまったから、今の右往左往があると主張しています。難しい理屈はさておき、本当のような気がします。

今度新しく出版した絵本「こっちゃんとたのしいせいかつ」も奇しくもそんな所を目指しているのではないかと作者の後書きを読み思っています。学校がお休みでも楽しい事はたくさんあります。「こっちゃん」の絵本を開いてみてください。ゲームだけではありません。台所にも、窓の外にでも、青い空にも、街路樹のイチョウの木にも、お隣の桜の葉にも、おもしろい物がたくさんあるのです。今度の個展にちびっ子達が来て、150号の台所の絵の前で「ケーキが焼けるぞ…」と騒いでました。猫が咥えていた大きな魚を「くじらだ」と言って隣のおじさんに「さばだよ」と教えてもらっていました。まだまだこの地球上にはおもしろい事があるし、生活の中にも知らなかった事があります。この機会にゆっくり身の廻りを見回しましょう。大人達は適応する生き方の模索が課題になるのでしょう。

私は2ヶ月以上つけていたコルセットがとれて、いよいよ次の作品に始動です。1日も早く終息しますように。東京からのお客様達を安心してお迎えできますように。
posted by ヨシミ at 00:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月23日

個展開催について

新型コロナのニュースに一喜一憂しているうちに春分を過ぎ、季節は清明、穀雨と移ります。桜始開 (さくらはじめてひらく) 雷乃発声 (かみなりすなわちこえをはっす) 玄鳥至 (つばめきたる) 鴻雁北 (こうがんかえる) となり、ここ山口市の一の坂川の辺の桜も開花を待つばかり。大学通りの桜並木もほのかにピンク色に染まっています。暖冬の影響もあり今年こそ良いお花見日和に恵まれると期待していたのですが…。

第5回目の個展の会場は桜の名所、一の坂川の辺のギャラリーです。開催できるか感染者は増えていないかニュースに目をこらして過ごしてきました。幸いなことに山口県は今のところそれほどの事もないので意を決して開催することにしました。4月3日、4日、5日です。満開の桜を愛でながら覗いてみていただきたいと思います。一日僅か見物客十数人の小さな小さな展覧会ですから。そんな展覧会を何故、大枚を叩いて会場費を払い、一年半もの時間を費やして行うかというと、私と娘の成果の発表であり、自然の美しさを織りに、キャンバスにそれぞれ表現し、追求してきたものを、みなさんに評価していただきたいからです。そしてこれからどうしたらよいか、どうやって生きたらよいのか考える手立てにしたいのです。

裏庭ではアンズの花が満開です。その下にはボケの赤い花、スモモも初めて花をつけ、桑の木の天辺にはモズの親子が、キンカンの熟れた実はヒヨドリの御馳走、猫も鶏も元気です。もっとも鶏は雌5羽のうち1羽しかいなくなり卵もとっくに産みません。そのうち又隠居所を建てひよこを飼い始めます。雄は相変わらず元気で、時を告げています。花壇はもう何の花が咲いているのか名前もわからない位。私が塀際に埋めた椿の種も大きくなって花をつけ始めました。侘助と白玉椿の合体したような花や、雛の宴と藪椿とどちらかわからないような花や、こうやって新種が産まれるのかしらと毎朝眺めています。新型コロナにはおかまいなく、畑では野菜の元気なこと。白菜もキャベツも、大きなカリフラワーも出来ました。一番の自慢はフェンネルです。1年経って根元が膨らみ、よい香りを放ち、炒め物には最高です。

今もテレビで山口県に感染者が1人増え、4人になったと伝えています。そしてマイクロ飛沫の実験をしています。せいぜい窓を開けて、マスクをして、おしゃべりをしないで黙って見物してもらいましょう。
こんな個展は今まで経験したことがありません。新聞も好意的に取り上げてくれています。私の友人はみな年寄りです。展覧会に来たくても無理でしょう。せめて地元のTV局が放映してお互い無事な事を確かめられたらいいのですが…。娘はいつも「おかあさんがいい子にしていたら、無事出来るよ」と言ってくれます。まるで私がいつも子供の頃の娘に言っていたように。請い願うのみ。

sこっちゃんとシャツ展5.jpg
posted by ヨシミ at 21:47| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月25日

個展の用意

みな様、おかわり御座居ませんか。お元気でいらっしゃいますか。
23日は天皇誕生日、24日は振替休日、そして3月3日のひな祭りを過ぎると5日は啓蟄です。草木萠動(そうもくめばえいずる) 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく) 桃始笑(ももはじめてさく) そうして春分へと続きます。この暖かい日差しのもとに浮かれ出たいのはやまやまなのですけど、家にこもっていまます。新型肺炎には勝てません。なにしろ年寄りなのですから。どうしたらいいのでしょう。「政府が悪くて、厚生労働省が対応に時間がかかり過ぎて」なんてボヤいて責任論を追求したって感染は止まるものではありません。ただこの事態になってもマスクを買い占めたり、消毒液を高値で売ったり、人間として恥ずかしい事をしないことなのです。そして自分達の生活が、いかに中国にょって支えられていたか、食料の自給率なんて唱えたって、生活用品の大部分まで他国に依存している我が国の現実を見せられた気がします。野菜を買う時も産地を確かめ、食器を選ぶ時もメイド・イン・ジャパンの表示を見、菜箸1本でもおろそかにしませんでした。けれど流通が止まってみると、国産のニンニク1個、玉ネギ1つが高騰しています。家計に響かない筈はありません。日本にとって勿論、病原菌を死滅させることは大切です。それと同時に「生きる事」という人間の根本的な事を考えるチャンスではないでしょうか。この年になると「いかに死ぬか」と頭を過ぎります。けれどそれより「どうやって生きるか」という方が先の事であり問題のようです。

4月の個展が無事、開催できるか、心配しています。けれど用意は着々と進んでいます。ポスターも出来上がり、ビラも出来ました。あとは会場のレイアウトだけです。今年は5回目の記念として大きな作品を展示する事にし、タペストリーだけでも9枚、そのうち1枚は1986年に、クロワッサン黄金の針展で審査員特別賞をとったもので、169p×169pの大作「大脱走」。その頃の学校での子供達を表現し、316人の子供を織ったものです。この作品はNHKで全国放送もされましたが、今迄押し入れの茶箱に眠っていたものを初めて公開する事にしました。150号キャンバスの上下に2000本の釘を打ち経糸をかけ、娘の画いた下絵の通りに4ヶ月かけて織ったものです。その時使用したキャンバスは、娘が今度の展示で「こっちゃんの台所」という楽しい絵を画きました。その前に立たせたマネキンのおかあさんと、こっちゃんは、勿論エプロンと三角巾を被っています。どうぞ手にとって触れて、蛍光染料のついていない未晒しの布の感触をお確かめください。

このように今度は、組作品として絵と、マネキンに着せた衣装と、タペストリーを1組として、5組展示します。その中には勿論シャツの新作4枚も加わっていて、桜の下、会場に華を添えることになるでしょう。前回はシャツの作り方のチラシが好評だったので、この度は120号の絵に実物の綿を貼って説明する事にし、シャツも手にとって見て頂けるようにします。これに新しい絵本「こっちゃんとたのしいせいかつ」の原画が加わります。毎日、毎時、新しい観戦の報道があります。どうぞ、勝手ながら無事開催できますよう祈るばかりです。
例年私の教え子達が東京から来るのですが、この度は駄目です。なにしろ70才を過ぎてますから…。又の日を楽しみにしています。

あまり夢中になって用意していたら背中が痛くなり、医者には怒られるし、娘からは「少し、じっとしていてくれると、すごく助かるよ」と言われてしまいました。だけれど、何もしない事の大変なこと。つくづく思い知らされた春の日です。
posted by ヨシミ at 21:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月28日

2020年になって

あけましておめでとうございます。
暖かいお正月でした。季節は大寒を過ぎ立春を迎えようとしています。鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく) 東風解氷(はるかぜこおりをとく) 黄鶯睍v(うぐいすなく) 魚上氷(うおこおりをはいずる) となり雨水、啓蟄と続きますが今年はどうでしょう。池のメダカは水面に出て猫と戯れていますし、鶏も声高に刻をつくっています。畑には白菜が丸々と太って漬けるのに大忙し、高菜も水菜も青々として鶏にもお裾分け。もう冬の寒さは忘れてしまったようです。それでもカマキリの卵が高い所に作られているのはどうしたことでしょう。雪の多い冬は高い所にと聞いていましたが、雨が多いからでしょうか。柿にもユズにも、剪定しながら枝ごと低いところに移しましたが、無事産まれますようにと願っています。

シャツは織り終わり、仕立て上げました。結局今年の個展には4枚の新作をおめにかける事ができます。仕上がったシャツを眺めてみると 10年前のよりも緯糸も経糸も色数が多くなっています。かと言ってカラフルになったわけでなく、むしろ地味になって「10色もの色が一つの空間を造っている」と表現したら適当のようで、これこそ織物という絵画とは又異なった緯と経のマジックなのかと思っています。娘が「このシャツの格子をキャンバスに載せるのは難しい」と頭を抱えていましたけど…。多くのお客様に見ていただくのを楽しみにしています。

今年の個展は4月3、4、5の3日間です。一の坂の辺の桜並木が絶好のお花見ポイントで、その中心にあるアトリエでの展示ですが、桜がよい状態になって「こっちゃんとシャツ展」を祝ってくれますように。娘はポスターを作りながら「悪い事はもうしませんから桜が満開になりますように」と言って猫の頭を撫でています。と言っても無理ですよね。こう気候変動が大きいと梅も桜もどうなりますやら。ダボス会議でも単に経済という事でなく環境に各企業が目を向け始めたのは良い兆しであり人間一人一人が心する事なのでしょう。

今度発刊する絵本「こっちゃんとたのしいせいかつ」にも環境の話がたくさん出てきます。味噌を作ったり豆腐を作ったり、たくさんの動物達が自然の中で遊び競い喧嘩し…マンガであっても今、一番大切な事を画いているのかもしれません。中でも「蛍光染料」については多くの頁を割いています。食器を洗う布巾であり、お豆腐を作る袋であり、毎日かけているエプロンであり…小さな糠袋を作って食器を洗い、手を洗い、猫ちゃんの顔も洗う。勿論この糠袋を作る布には「蛍光染料」はついていません。洗剤を使うより良いのです。もう今から40年程前「糠袋を使いましょう」と運動してきました。やっと今になって絵本になりました。シャツも一段落したので見本に糠袋を作って展示しようとミシンをかけています。勿論このミシン糸も蛍光染料のついてない糸です。昔の一緒に運動していた友達が「まだやっているの?」とあきれた顔をしていました。もう髪の毛を振り乱して、黄色い声を上げて「石けんと糠袋を使いましょう」なんて叫びません。絵本を見て環境問題を考えてもらいたいのです。自分達の住んでいる地球であり、子供達の住む地球なのです。でも時々「自分はもうあと何年生きるのかな」と思い、「きっとあまり大きな変化もなく、この地球上に命の終わりまで住むことが出来るのだろう」ということが頭を過ぎる事があると「アタフタしても仕方ないか」とも思ってしまうのです。布団綿を使ってシャツを200枚も作っても生業にせず、絵本を自費出版してもたったの100部、猫と鶏と花と野菜と果物に囲まれて暮らしている生活は、未来の地球に何の貢献をしているのか疑問だと思いながら、令和2年が始まります。

どうぞ個展にいらっしゃってください。そして絵本と糠袋を御覧になってください。
posted by ヨシミ at 17:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月26日

年の暮れに

令和元年もあと余すところ6日。冬至も過ぎ一日ずつ日が長くなるのが嬉しい限り。それにしても何と暖かい冬でしょう。乃東生(うるきしょうず) 麋角解(さわしかつのおる) 雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる) そうして小雪、大雪へと移り春をひたすら待つ頃になるのですが、昨年の暮れも暖かでした。畑の野菜も果物も豊作だったのに続き、今年も店先の大根の安いこと。ミカンが売り台に溢れています。我が家のユズも鈴生りで台所では絞るのに大忙し。おやつには勿論ユズのお菓子。これも地球の温暖化の「なせるわざ」でしょうか。喜んでばかりいられないのが今の地球の現状です。

私の作業場ではやっとシャツの布が織り終わりました。3ヶ月かかりました。途中で紫の綿が足りなくなって大困り。追加しようにも、どうやって染料となる葉や枝を組み合わせたかわからないのです。桜の枝、ビワの葉、山桃の皮、それにアルミの鍋に井戸水、椿の木枝の灰…これだけの組み合わせの色は、あまりにも微妙過ぎて同じ色は二度と出せません。この次からはもっと大きな釜で綿を1s位染めます。仕方なく経糸は同じにして緯糸の格子を違えて織りました。年明けから仕立てに入りますが、どんなシャツになりますか…。春の個展に間に合わせるため大車輪です。とは言うものの「あっちが痛い、こっちが痛い」とボヤイている85才は、目標にしている10回目まで到達できますかどうか。今回は過去の作品である大きなタペストリーも飾りますし、娘の絵も大きなものばかり、3日間の予定です。

「こっちゃんとたのしいせいかつ」の本もやっと4回目の校正が終わり印刷にかかります。個展にはお目にかけられる予定ですが、その校正の大変だったこと。吹き出しのセリフの配置が難しかった上、算用数字と漢数字の使い方が統一出来ず、辞書を引いたり、新聞を参考にしたり…全く不勉強この上なしの「ていたらく」。年末になってお正月の料理も作らなくてはならず、綿だらけの自分の部屋も掃除しなくてはならず…とんだ年の暮れになってしまいましたけど、どうにか目鼻がつきそうです。

いろいろな事があった令和元年でした。災害もありました。人災もありました。身につまされるような事件もありました。複数の方々を長い間看病して来た方の結末も、何の理由かわからずにいじめられて命を絶ってしまう子供達のことも、突如として我が子がいなくなってしまうことも、又その悲しんで探し求める親を口汚く罵る大人達も…みんな行き場のないどうしようもない現実なのでしょうか。つくづく「大人の役目とは」と考えさせられた一年でした。

さあ、まだ現役の大人の一人としてお豆腐を作って、お味噌を仕込んで、ケーキを焼いて、シャツを作って、60年近く続けてきたお正月の御節料理を作りましょう。よいお年を。
posted by ヨシミ at 21:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月27日

うれしかったこと

カレンダーも残り少なくなり小雪も過ぎ大雪になります。虹蔵不見(にじかくいれてみえず) 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう) 橘始黄(たちばなはじめてきばむ) 更に閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)、72候の通り我が家のユズは大豊作、電線にも届くような大木で、冬空に鈴生りになっいる姿は見事。その天辺にひよどりが数羽群れているのも冬の風物詩。「死んだらひよどりになりたい」と言っていた母だろうかと眺め、ユズだけではと思い、最後の柿の実を進呈する事にしました。ここ山口市の日の出は現在6時56分、山の端に隠れている我が家ではラジオ体操するのも真っ暗。部屋の中で電気をつけてやっています。冬至に向かってまだまだ遅くなるでしょう。

畑ではやっと昨日夏野菜の最後のナスを抜き肥料を入れカブを蒔くことにしました。あとオクラが1本残っているだけで冬の畑になります。ナッパ類の小指の先ほどの菜を間引くのは私の仕事、どこにでも種を蒔いてしまうのが娘の仕事、その芽を青虫の如く毎食、食べるのも2人の仕事、全く、冬の畑は大忙しです。忙しいと言いながらも剪定したユズの枝を燃やして作ったハムは絶品です。

絶品というと、うれしい事がありました。知人から久留米絣の一疋ものをいただきました。一疋(布二反を単位として数える語、男物に使う) もう戦前の品でしょう。反物を包んであった文庫紙には右から左へ縦書きで「洗濯法の御注意」とあり「久留米絣は純正藍でありますから、洗曹達や石鹸は大禁物であります。成るべく炊き灰を少量でも水に浸し澄んだところにて御洗ひになれば絣もはげず良く垢も採れ為に宜敷くあります。」細かい蚊飛白よりまだ複雑な絣で男物の最上級の品でしょう。
私の父も戦争が激しくなる迄、役所へは着物で通っていました。その頃、このような絣を着ていた記憶はあるのですが、それも私達のモンペになってしまいました。もう30年も前、久留米絣の松枝玉記氏の作品を見たり、手結いで絣を作って染める工程を学んだり、全国各地の絣紋様を集めたりもしました。勿論反物として存在していなく、布団だったり夜着だったりで、それらの保存のため洗って自分が着られるように長着やコートに仕立て直してあります。久留米絣は絵絣はありますが、新品の男物の絣はうれしい限りです。

シャツはまだ織り終わりません。紡ぐ糸が細かくなっている為、時間が倍もかかり、少々顎が出そうになっていたら娘に「レモンのタルトが焼けたから、ガンバレ」と言われてしまいました。来春の個展の為、新作9枚仕上げます。ついでに絵本「こっちゃんと楽しい生活」の校正に入り難しいこと。あまり細かく指示するものですから娘が「年寄りが言い張るので…」と謝っていました。個展の時にはお見せ出来る予定です。どうぞ御期待のほど。
posted by ヨシミ at 21:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月29日

自然の力

霜降から立冬へと移るこの季節、なんと暖かいのでしょう。72候では霜始降(しもはじめてふる) 霎時施(こさめときどきふる) 楓蔦黄(もみじつたきばむ) とありますが霜はまだ降りていませんし、庭のもみじもまだ青々としています。第一、1年中和服を着ている私にとって10月は単衣から袷に着替える大切な時期なのがあまりにの暑さに逸してしまいました。それにしても霎時施(こさめときどきふる) とあるのは間違いです。台風19号も昨今の大雨も何と説明したらよいのでしょう。「気候変動です」とだけでは澄ましていられない事態だという事は誰もが分かっているのです。早急に政府も国民も一丸となって考え行動に移らなければならない時です。新しい、より精巧な量産コンピューターに計算して答を出してもらいましょう。きっと今世紀末には3度気温が上がり「地球の未来はない」と答えるでしょう。

小さな畑も異変続きです。まだ露地のトマトもピーマンもナスも収穫出来ます。その変わり冬野菜の種を何回蒔いても虫に喰われ坊主になってしまいます。花壇では娘がせっせと種を蒔き球根を植えて春を待っているのですが「ちょっと気温が高過ぎる」なんて言いながら鉢をあっちにやったり、こっちにやったり。花盛りの花壇を道行くお年寄りの人々に誉められたくて、それをまたキャンバスに写すことが最高の楽しみで…。

私の仕事場のシャツ、緯糸も決まり織り始めました。緯糸は全部で12色、淡い色の組み合わせです。中心になっている薄紫は自分でもどうやって染色したかわからないのです。梅の枝、ビワの葉、山桃の皮を煮出した所までは経糸と同じなのですが、その綿の一片が竈の灰の上に落ちた時、それを井戸水で洗ったら紫に変色していたのです。ほとんど媒染せずにいた私にとってびっくり。さっそく全部椿の葉から作った灰汁につけて洗ったら、みごとな紫。今まで紫が欲しくて色々試してはみても、教本通りにはいかず「やっぱり紫は…」と諦めていました。ギリシャ・ローマ時代の服色でも優婉、高貴、優雅、神秘、永久などを象徴し高尚な色として好まれ、日本でも紫袍は一位のものであり、もちろん禁色であったのです。紫根染による紫と異なり「似紫」ともいえないような浅紫ですが、「これぞ植物と灰と水のおかげ」と悦に入っている所です。まあ退色のほどは長年着て洗ってみないとわかりません。今までにない強いアクセントの入らない緯糸の組み合わせは初めてで、全体に淡く春のシャツで、4月始めの個展にはピッタリです。娘はあまりにも淡く全体が一色に見え画けないといいキャンバスには登場しないらしいです。

今年もユズが黄色くなり始めました。柿はほとんど食べ終わり、イチジクも終わり、ミカンを待っています。リンゴは水害に遭った農家の方々が元気に元通りに戻られたら食すことにしましょう。それまでリンゴのパイはお預けです。食物にしても染色にしても自然の威力をつくづく知った一ヶ月です。寒さに向かう時、どうやって生活を立て直すのでしょう。風で落ちたリンゴなら協力して買い加工します。けれど泥水に浸かった農産物はどうしましょう。せめて国がちょっとだけ防衛費から工面して「収穫後の米は…」なんて言わないで、例外を作って手を差し伸べてあげられないものでしょうか。

これから毎年起こる災害かもしれません。今迄通りの予算の組み方では立ち行かなくなる事は目に見えています。メロンを配るより真剣に議論していただきたいのです。年寄りも病気の人もホームレスの人も、車中泊の人も、みんな安心して住める国にです。まあ、無理なんでしょうね。
posted by ヨシミ at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする