2018年11月20日

「秋の日に」

立冬も過ぎ22日の小雪を迎え、朔風払葉(きたかぜこのはをはらう) 橘始黄(たちばなはじめてきばむ) 閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)、そして大雪へと季節は移ります。異常気象といわれていた今年の紅葉はどうかしらと心配していましたが、灯籠の陰のもみじの古木も見事ですし、ザクロも柿も桔梗さえも彩りを添えています。やはり秋はすばらしいです。つくづく空を見上げてしまいます。

畑の方は昨日やっと最後の丸ナスを全部収穫し、抜いて耕しました。握り拳より大きなナスが9こ、たった2本の苗を育てたのが、私の背より大きくなってしまい、夏中楽しみました。料理はいたって簡単、4つ割にしたナスを油で揚げて、味噌とシソの実とゴマと干しエビとユズの皮と汁と味醂とあわせた中で煮込むだけ。残念な事に今年は山椒の実が少なく、入れられませんでした。冷やしてもおいしく、当分の副菜になります。大根もチンゲン菜も白菜もやっと育ち始めました。あと、カラーピーマンだけ、緑色の大きな実をつけて風に揺れています。花壇の方は娘が懸命に花を植え込んで、大分冬の装いになってきました。なにしろ花が咲かないと絵が画けないのですから。次の個展にはもっと趣向を変えて絵とシャツのコラボを画策して150号のキャンパスを立てています。

私のシャツの方、やっと経糸がかけ終わりました。この1ヶ月毎日染めてました。それが同じ玉ネギでも色相が異なり、首を傾げつつの仕事であり、最後に使った「蘇木」(そぼく) これは蘇枋(すおう) の事で (薬種問屋では蘇木と呼んでいる) 紅を染めるには下染をしたり媒染したりで手が掛かり、この度は大きな鉄鍋で煮出したところ、赤色がついても水洗いで全部落ち、紫色だけが残った始末。まあこの色でもいいかと敢えて無媒染を貫いて綿と糸を染めて、現在整経し終わり、緯糸を紡ぎ、妙に派手になった経糸に緯糸の色を暗中模索の状態。明けても暮れても糸を紡ぎ、色の事を考えていると、自分が今年「年女」だったことも忘れてしまいます。しかし難しいものです。この調子で次の個展に新作が飾れるでしょうか。先日も整理する為、シャツを全部出してみました。20年前のは大まかな格子で緯糸も太く、娘と、「寝間着にしましょう」と言って別にした状態。「わたしは、朝も昼も、外仕事の時も、他所行きの時も、寝る時までも、この型のシャツを着るんだから…」と、ボヤいてました。まあいいでしょう。どうせ私だって毎日娘の焼いたタルトとかパイとか試食させられ、猫の尻尾を引っ張らせられているのですから。鶏はもう卵を産みません。でも元気です。食卓には冷凍させてあった卵を使っています。料理をするのは私の仕事、おやつは娘の仕事、いつまで続くでしょうか。

NHKの「人生100年時代を生きる」を見ました。簡単に「特別養護老人ホーム」にも「サービス付き高齢者向け住宅」にも入れない事を知ってびっくり。自分が要介護いくつなのかも知りませんでしたし、介護保険がどのように使われているかも全く無関心でした。ただ日常の会話の中で、不謹慎にも「お母さん、そんなうるさい事言うと、老人ホームに入れちゃうよ」と言われてましたけど、とんでもない事。自分はどのように生きて、終わりを迎えるかなど考えてなかったのです。ただ、おいしい物を作って食べて、野菜を育て、花を愛で、きれいな格子のシャツを作る事、そして1週間に1度だけ買い物に出、そして温泉に入りに行くだけ。
今年も終わります。あと1月です。無事に過ごせますように。
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2018年10月23日

個展が終わって

季節はもう霜降、72候でも霜始降(しもはじめてふる) 霎時施(こさめときどきふる) 楓蔦黄(もみじつたきばむ) そして立冬になります。寒かったり暑かったり台風が続いたり全く変な気候で、体の方がついていけないような。
裏庭の渋柿は全部収穫し、ホワイトリカーで渋抜きし食べてしまい、柚子を囓って、八朔の熟れるのを待っている次第です。もっとも昨年植えた「さるなし」が小さな青い実をつけ、まるで「一口キウイ」のような美味なものでケーキの上に飾りはしたものの、キウイには適いません。無花果も小さくて固くて、今年は食べられるかどうか…。とにかく変な気候でした。これは畑も同様で、何回種を蒔いても虫に喰われ大根さえ本葉が育ちません。元気なのは夏野菜で残っているナスとパプリカとトウガラシ位。それにニラも旺盛に花をつけ、献立も夏なのか秋なのか不思議な状態です。
この事は人間も同様らしく、毎年私の個展にお見えになっていた方々が姿を見せませんでした。その後のお便りに、足が悪くなったり、耳が遠くなったり、腰を痛めたりとても外出は不可能との事でした。1年半に1回ここのギャラリーで逢うことを唯一の楽しみにしてましたのに残念な事でした。もう私と同じ位の年ですから仕方のない事です。「やっとこの夏、生きて過ごしました」という言葉には肯首くだけ。それから「気候だけでなく、世の中どこを見ても聞いても悪いニュースばかり、もうテレビも新聞も見ず、天井を眺めて寝てるの」というお友達には何と答えましょう。

無事個展が終わってホッとしています。この二ヶ月間の忙しかったこと、時間がないとか用意しきれないとかでなく精神的にどこに焦点を置いてよいやら、あっちこっちも痛くなって、でも終わったらケロッとしました。さすが4回目となると会場のレイアウトも分かってきて、小さな額の後ろにシャツの布を張ったのは成功でした。それと入口近くに娘の100号の絵は圧巻でしたし、その前のマネキン5体は表を通る人々もつい足を止めて眺めてました。新作の緑のシャツは上々の評判で、これからもこれ位の細い色の組み合わせに時間と労力はかかっても挑戦しようと改めて次の個展に向けての決意を固めた所です。不思議だったのは、一番奥にそっと掛けておいた50号の「台所とこっちゃん」の絵を眺めていた人が大勢いたことです。そしてその台所を画いた絵葉書が品切れになってしまった事も解せない事です。シャツと共にやはり裂織のコートと帽子の組み合わせは絶品だったのです。でも「売りません」と断るのに私も娘も辟易しました。

カレンダーはどうも関心が薄く、原画を飾っても、見本を出しても、毎日新聞の紹介記事を貼っても、シャツの方に足が向いてしまい、在庫を作ってしまいました。娘と二人、「絵が悪かったんではないし、装丁には充分気を使ったし、どうして目に留まらなかったんだろう」と反省しきり。「こんなに可愛いこっちゃんと猫と鶏とお花なのにね」とぼやいている始末。ただ一言「カレンダーなんて必要ない」という事でしょう。残りは近隣の学校や図書館に寄附しようと用意しています。「図書館の読み聞かせに使う」と言って求めた方がいましたから…。どこか適当な所があったら教えてください。
今年もあと二ヶ月、元気に84才の誕生日を迎えられる事を幸せに思います。

尚、カレンダーをお買い求め忘れた方、お買い求めになりたい方は、こちらから購入いただけます。
こっちゃんカレンダー2019
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2018年09月19日

個展の用意

白露も過ぎ秋分を迎える頃になり、鶺鴒鳴(せきれいなく) 玄鳥去(つばめさる) 雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ) 蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ) そして季節は寒露へとなります。

今年は例の如くとはいかないかもしれません。我が家の渋柿が夏の暑さのため小さいまま甘くなって、渋抜きの焼酎の出番がなくなってしまい、畑ではナスとピーマンが盛りになり、秋野菜と競合しています。
夏の間中、雨不足で山口県の「花博」も心配の状態でしたが無事開幕しホッと一息です。天変地異にはどうしようもない事とはいえ、少しでもそこに人間が作用しているとしたら、一人一人が心しなければならないでしょう。例え1枚のレジ袋であり半切れのラップであっても。

念願の「こっちゃんカレンダー」が仕上がり、個展会場には原画を展示します。さすがに印刷屋が何回も校正しただけあって色が美しく出て、仕上がりに満足しています。会場で販売しますし、遠い方にはネットでも申し込みいただけます。
関ヨシミ公式サイト
「山口の花博」に負けない四季の花々とこっちゃん達です。個展会場では、私はコートを2点マネキンに着せます。一点は大人用のダッフルコート、素材は黒の絣の経糸に藍染浴衣の裂織の緯糸、少し重くなったのが難点ですが温かい事抜群、取り外し自由なマフラーもお洒落で、娘はこれにケンゾーのオレンジのフェルトの帽子を被ります。もう一点はピンクと白とねずみの格子、こちらも裂織ですが子供用に丸衿でボタンホール、衿、ポケットに革をあしらってあり可愛いコートです。私が個展に裂織のコートを出すのは初めてで是非みなさんに織物とは実用である事を肝に銘じて取り組んで貰いたいと思ったからです。布を裂いたものをそのまま機にかけずに、一度糸車で縒って整えてから緯糸として使う、手数はかかっても仕上がりはきれいですし、丈夫になります。これは私が今まで作ってきた何枚もの敷物も同様ですが、衣類等は着たり洗ったりする物ですから尚更です。
シャツは新作3枚と、今までお見せしなかった秋の色5点です。帽子は5点、袋物は3点、ベストが3点、これで野や山に行く格好なのですけれど、空は晴れるでしょうか。アトリエ前庭の金木犀の香も一緒に堪能していただきたいものです。

個展もこれで4回目、次は記念の5回目なので少し大きい会場を借りて私の作品タペストリー3点も含めて全部展示してみようかとも思っています。娘も「100号を何枚画こうかしら」とすでに夢は次に移っています。これも何のトラブルも起こらなかったらの話ですが、西日本の方、北海道の方、多くの人々がどれほど夢を絶たれたことでしょう。ニュースを聞き映像を見る度に何かお手伝いはと思います。自分が精一杯生きる事がその方々への励みになる事を信じます。
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2018年08月22日

終戦の日に

暑さもやっと一息で処暑を迎えました。七十二候の通り綿柎開(わたのはなしべひらく) 天地始粛(てんちはじめてさむし) 禾乃登(こくものすなわちみのる) となるのでしょうか。新聞の投書に小学生が「大人はエアコンをつけて涼しくするのが嫌いなのでしょうか」とありました。あまりにも高齢者が部屋でエアコンを作動させずに命を落とした事故が多かったからでしょう。涼しく快適に老後を過ごすことは誰でも望みます。けれどそれが出来ない事情があるという事を子供は理解出来ないのです。我が家でもこの夏の電気代の高かったこと、娘の「命の代金だね」 という言葉に納得し、甘んじてそれが受け入れる事が出来たのは幸せと思わなくてはなりません。もう少し国には「熱中症に注意」とばかり唱えないで手立てはないものなのでしょうか。

又再び終戦の日を迎えました。どのメディアも挙って戦争の悲惨さを報じています。けれどもう73年も過ぎ、いつまでも若い世代にこれでいいのでしょうか。私は確かに戦争を知っている年代です。けれど伝えようにも、防空演習も敵機も出征兵士も何も知らないのです。東京に住んでいながら。ただ新潟に疎開して、「ソ連軍が攻めてくるから竹やぶに逃げろ」といって、ブラウスを全部緑色に染めたのが一番です。そして終戦の日、掲示板に貼り出された私の習字「大君のへにこそ死なめ」が取り外されたのです。母が闇市でララ物資の粉の袋を求め、私と妹のショーツを作りました。こんなこと、戦争の悲惨さには入らないのです。だから語り部にもなれないのです。もうすぐ人生が終わろうとしている時、息子や娘に何を伝えてきたか…。この暑い夏の日に、戦後、母が大枚をはたいて仕立てた布団の綿をシャツに変身させて来ただけなのです。緑色のシャツをです。そして戦後の復興と共に莫大な消費生活を見、ゴミの山と、性能のすばらしく良くなった、ダイオキシンの出ない炉を見、レジ袋廃止の運動も中断し、ゴミの分別に安心しきって生活しているうちに、世界中の海は汚染され、気候変動に脅え、これでもまだ戦争の悲惨さだけとらえてよいのでしょうか。その反動から豊かさを求めて歩んできた70年はどう評価するのでしょう。私の家の近くにも、田畑が潰されアパートが出来たのにつれ、コンビニが2店も出来ました。

暑い暑いとボヤキながらも個展の用意をしています。新しい型の帽子ブルトンを4個作ってはみたものの、何と難しいことか。何でも挑戦とは言うものの、何回娘の頭に載せた事か。今年は裂き織のコート2点マネキンに着せます。カレンダーの方は校正の最中、もうすぐ仕上がります。どうぞお楽しみに。
山口県ではこの秋「花博」を開催します。ところが渇水状態で花が枯れて大童。カレンダーにはこの花博に因んで四季の花を沢山画いたのですが…。我が家の花は元気です。それから戸袋で産まれた猫たちも元気です。
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2018年07月22日

暑い夏の日に

西日本豪雨で被災された方々にお見舞い申し上げます。あわせてお電話を下さったみな様、どうもありがとうございました。おかげ様で私の所、山口市は大きな河川に囲まれてはいるものの、水害の難からは逃れました。つくづくハザードマップを注視した次第です。季節は大暑、それにしても暑いです。桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ) 土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし) 大雨時行(たいうときどきふる) そして7日の立秋になり涼風至(すずかぜいたる) と暦にはありますが「みんな嘘だ」と叫びたくなる心境です。毎日毎日「熱中症」のニュースばかり見聞きしていると、ちょっとした仕事をしても心配になり心臓がドキドキし、返って悪影響です。

やっとシャツを織り終わり、3枚仕立て上げました。緑色のシャツです。5月から染め紡ぎ始め、新しい格子の組み方だと意気揚々として取り掛かってはみたものの、あまりにも細か過ぎて大変で量がいかず、紡ぐ手は痛くなるし、織る腰は動かなくなるし、もう嫌だの連続でした。縫製する時も、緯糸の色数が多すぎて左右合わせるのが一筋縄では行かず…。もうシャツ作りはやめたの宣言を娘にしたら、ただ一言「…に入れてしまうよ」。それは大変。やっぱり娘の作るチーズケーキとアイスクリームを食べて次のシャツに取り掛かります。平均寿命まで、まだ当分ですから。とは言うものの、きれいなシャツが出来ました。秋の個展のメインです。
「こっちゃんカレンダー」も校正に入り、9月には仕上がります。娘の画く「こっちゃんと猫と鶏」の絵をそれぞれ12ヶ月に纏めた楽しいカレンダーですが、印刷にかかってみると原画の色がどの位忠実に出るか、校正を何回も繰り返し、念入りにしていますが、なかなか難しい仕事だと印刷屋もボヤいていました。以前から絵本を手掛けてもらっているので、きっと大丈夫だと思っています。300部だけ作り、自分と娘が元気で第4回目の個展が開ける証しにしようと思ってます。

我が家の小さな畑もこの暑さの中、トマトだけ元気です。大玉も中玉もミニも食べ切れません。逆にナスもキュウリも水不足なのでしょう、成長がよくありません。採れる物を食べて夏を乗り切る事にしましょう。涼しくなったら意外な物が大きくなるかもしれません。電気がついて、水道が出て、これだけでも幸せです。被災地ではあと1ヶ月位、水が出ない所もあるようです。何かお手伝いが出来ないかと考えますが、娘の「自分が救急車のお世話にならないのが一番」という言葉に納得です。
異常気候は、これが当たり前になるのでしょうか。自分達の一つ一つの生活から産みだした事が地球温暖化へと繋がっているのでしょう。「室温は28℃に設定しなさい」という。電気を使って家中を冷やさないと命に関わるという。まるで自分のシッポをかじっているようで…。ここでおもしろい話を一つ。野良猫が、雨戸の戸袋の中で、子どもを産んでしまいました。さて、どうするか。大丈夫です。おかあさん猫がいますから。
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2018年06月21日

ニュースから プラごみ

大阪北部地震にはびっくりしました。学校のブロック塀の崩壊で児童が亡くなるなんて、どのように理解したらよいのでしょう。安全な場所の筈ですのに。何を信じて生きたらよいのでしょう。「お見舞い申し上げます」という言葉も虚しく感じます。

季節は夏至から小暑に移ります。乃東枯(うるきかれる)、菖蒲華(あやめはなさく)、半夏生(はんげしょうず)、となり梅雨の真っ盛り。大雨による被害も心配されます。(うるき…ウツボグサの古名、一説にジュウニヒトエの古名とも)
畑では夏野菜がポツポツ穫れ始めました。しかし野菜も花も果樹も人間の言う事など意に介さず、まことに自分勝手だというのがよくわかりました。大きくなり過ぎたアンズの木をバッサリ剪定し、桑の木を近くに植えたら、今年は近年にないアンズの大豊作。ソーメンウリはわざわざ支柱を建ててやったのに枇杷の木に登り、ゴーヤはニッケの大木にからみつき、かぼちゃなんか鶏小屋の上で「さるなし」と遊んでいます。(さるなし…マタタビ科の蔓性落葉低木キュウイの原種、小さな果実) 庭の灯籠の陰からスカシユリが覗いています。「仕方ないや」と言いつつ毎日倒れないように裂布を持って畑を見廻っています。普通農家ではナイロンの紐で結束しますが、この紐は畑が終わっても土に還らず困り物です。私は木綿のボロを裂いて使います。土も花もみんな生きていて仲間なんですから…。

ここ十日余り新聞やテレビはニュース満杯でした。勿論楽しい事もありました。けれどあまりにも悲しい事が多過ぎました。その中の一番は「海のプラごみ」問題です。「年3億トン生まれていて、リサイクルされているのは1割にも満たない現実。日本は海の恵みを受けているのにプラスチックの1人あたりの使用量が米国に次いで多い」(朝日新聞6/20社説)という、この記事に接して私の感想は「なによ、今さら」でした。
今から40年位前、仲間と、住んでいた田舎町のゴミ焼却炉が壊れ、ゴミを少なくする運動の中で、プラスチックの買物袋をはじめ、あらゆるプラごみを減らす運動を展開しました。勿論その頃は「海のプラごみ」迄の事は考えず、ダイオキシン等の事が中心でした。ペットボトル等今よりずっと少なかった頃です。それから時は移りスーパーの棚はどうでしょう。リサイクルも進み、分別も進んでいます。しかしそれも追いつかないのです。テレビでは健康問題が常時流れています。「魚を食べなさい」そんな事言われてもプラスチックが分解され魚介類に取り込まれ、食物連鎖で動物も人間も悪影響を及ぼされていると思うと、魚が食べられますか。

プラの買物袋を貰わずに古い傘の布で作った袋を持って30年経ちます。この仲間との運動は労働省からも表彰されました。けれど「分別さえすれば…」というのになってしまいプラごみの末路を考えませんでした。この運動を若い人達に繋いでいたらと思うと悔やまれます。せめてあと10年、命のある限り「プラスチックきらい」の生活を続けましょう。先日もスズメバチ退治のペットボトルを小屋の隅からやっと1本見つけました。(スズメバチは私が作ったジュースよりも、市販品の香料等何種類も入っているジュースが大好きで、すぐに5匹捕獲しました) やはりプラごみの事は主婦が立ち上がらないと駄目なのかもしれません。私がもう一度旗を振るには年を取り過ぎました。せいぜい私の家の台所の写真を御覧下さい。何か御参考になるかもしれません。

主婦の友社「ゆうゆう」2011年1月号紹介ページ

肝心な私の仕事、まだシャツは終わりません。秋の個展に間に合うか心配しつつ紡いでいます。その秋には小学校の教え子も来るようで嬉しい限りです。
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2018年05月23日

緑色のシャツ

立夏も過ぎ小満、蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ) 紅花栄(ばにばなさかう) 麦秋至(むぎのときいたる)を経て6月6日芒種になります。季節はこのように移りますが、私の箪笥の中の着物は出たり入ったり、袷を出したり単衣を出したり、数日前は湯湯婆をかかえて寝込みました。夏野菜はもう植え付けは終わったのですが、夜が寒いためでしょうかナスの育ちがよくありません。トマトはカモミールに埋まっても大きくなり、トウモロコシもオクラも芽が出ました。しかし旧暦5月は「僻邪の風が吹く」といわれ病害虫が発生しやすく私の農薬作りにも一層拍車を掛けなければなりません。幸いな事に大きなタンクの中では冬中収穫したユズやミカンの皮が油滓と共にブクブク発酵し唐辛子も加わって撒く仕事が日課になってきました。

私のシャツを作る仕事、やっと経糸が整いました。普通だったら720本の整経位、簡単にやってのける筈が、5o間隔14色を1単位として11m組んで機にのせた所、最後に12本不足している事がわかり、探して半日、整経し直して半日、更に通し直しに1日、こんな事初めてでした。その上、携帯電話からの同性の人を間違えてチンプンカンプンの応答をしたり、娘がアイスクリーム用に消毒までした卵を使って目玉焼きを作ってしまったり、全く落ち込んだことこの上なし。「年のせいかしら」と思ったり、母が晩年、あれ程器用に手仕事をやってきたのが編み物の目数がどうしても覚えられなかったのに、もっと親切に労ってあげたら良かったと反省しきり。尤も娘は「お母さんは慌てもんだから」と一言だけ。そんな事にめげてはいられません。秋の個展に間に合いません。気を取り直し緯糸の設計にかかったのはいいのですが、経糸の5oに対し、緯糸62oと5oの縞にして格子を組まないと収まらず、この度のシャツは観念して機の前に座りました。緑色のシャツです。娘は「私には似合わない」と言います。そして「きっとイギリスのメーガン妃に似合うでしょう」と。まあこの年になって冒険ともいえる色使いになるのですが、それもいいでしょう。去年以来、あっちが痛いこっちが痛いとボヤいていたのがすっかり忘れてしまいました。

この春は7年間生きていた雄鶏が昇天しました。雌鶏が全部いなくなって隠居所に1羽だけ暮らしていました。若い雄鶏に鳴き方も教えてましたし、生を全うしたのです。畑の中に葬りました。今頃何になっていますか…。
世の中は益々騒がしくなって目を覆いたくなる事ばかりです。毎朝新聞を隅から隅まで目を通して、愉快で楽しくて嬉しい事はないかしらと探しています。小さい事でもいい、家の周りの些細な事でもいい、パンが上手に焼けた事でも、アイスクリームが上出来だった事でも、きつねのてぶくろが咲いた事でも、子猫が蛙と睨めっこした事でも… それ以上は望まず人を不幸にせず、みんな豊かに暮らせないものかと思っています。けど、どだい無理な話でしょうね。

[お知らせ]
秋の個展「こっちゃんとシャツ展」はいつもの会場ラ・セーヌで10月13日(土)14日(日)の開催になります。
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2018年04月20日

花畑の庭

なんと忙しい春でしょう。寒かったり暑かったり。季節は穀雨、霜止出苗(しもやみてなえいずる)牡丹華(ぼたんはなさく)となり夏野菜の植え付けの頃となり、我が家の畑仕事も夏準備にかかりました。裏庭の小さな畑ですが、一畝30本余りの大根も引き抜いたまではよかったのですが、それをどう始末するか…切り干し大根を作るのは勿論、漬けるのもよいのですが、本当に年中欲しいのは「大根おろし」それで冷凍庫に保存する事にしました。丸のままです。試しにおろしてみたら上出来。ちょっと手が冷たかったですけど。これで真夏でも焼き魚が食べられます。

牡丹は植え替えたので花は見られません。その代わり庭中お花畑になりました。庭師の築いた石組みの庭でしたが燈籠の側にも築山の緑にも蹲の下にも春の花が咲き乱れ、縁先まで続く踏み石の周りにも青い小さな顔が覗いています。庭というものは、苔と万年青とせいぜい京鹿の子や桔梗と風知草くらいと思って手入れして過ごしてきたのに、もうびっくりです。大きな岩の間から色とりどりのチューリップが顔を出しているのですから。娘の仕事です。発想の転換とでもいうのでしょうか。それとも私との感覚の違いというのでしょうか。

先日から桜の小枝の染めにかかっているのですが、採集の時の違いなのでしょう、以前のように葉が出たくらいの時の方がよいピンクに染まり、この度は花の開く前、葉が出てなかった枝は匂いも薄く、淡いピンクにしか染まりませんでした。それも小枝の先の蕾のある部分で、それより太い枝はもっと薄くしか色が出ませんでした。気候も関係しているかもしれません。日数が経って織り込まれていくうちに、「ボー」と桜色の気配がしてくるのを期待して紡ぎにかかります。
昨年の5月に整経し1m15pの機に8m分の経糸を張って敷物作りを始めたのですが、まだ2m分くらいしか出来ていません。絹地の友禅が材料で裂いて縒りをかけて織ってみると難しいこと。模様がどんな場所に出てくるか、1つの四角に6色くらいの色を重ねるその量と頃合い。無地だったらもっと簡単なのにとボヤキながら…どうしても締める色が欲しくて染めてみたり、人間は座ってばかりでは体に悪いという放送を聞きながら、こうして機の前に2時間も3時間も突っ立って色と睨めっこしているのは何事かと思いながらも、頭の中は色と四角でいっぱい。秋の個展までに完成させたいのですが…。

騒がしい国会の模様を聞きながら、やっぱり人間は「嘘をついてはいけない」と思うし「悪い事はしてはいけない」とも思うし「怠けてはいけない」「めんどくさがったらいけない」とも思うし。放映するメディアが悪いとも言うけれど、こんなに情報が氾濫している世の中、子供達はどういう目で見ているのでしょう。大人達は子供達に何を渡すのですか。
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2018年03月20日

三寒四温

この雨で紅梅も白梅も散り始め季節は春分「桜始開」(さくらはじめてひらく) 「雷乃発声」(かみなりすなわちこえをはっす) そして清明、穀雨と続きます。寒かったり暑かったり何と忙しい春でしょう。花も野菜もみんな戸惑ってしまい鉛筆ほどの大根に薹が立ってしまい、チンゲンサイはお花畑になり、キャベツも怪しくなってきました。人間も同様で、インフルエンザにも罹らず無事冬を過ごしたと安堵していた所、立春を過ぎてからあっちこっち痛くなった始末。検査をしても聴診器をあててもどこにも不具合は見付からず、結局「気圧でしょう」ということ。人体の不思議というのか、意の儘にならないということか、内臓が膨らんで神経に触るなど考えた事ありませんでした。娘に言われました。「おかあさん、そんな年になってもまだ自分の体の事が心配なの。」何と答えていいかわかりませんでした。

昨年の秋に織り始めたシャツが仕上がりました。随分異なった色違いをしたつもりなのですが、やはり例の通り私の色であり格子であり娘にぴったりの雰囲気を醸し出しています。桜の葉から染めたグレーの綿が、日数が経ってみるとグレーの下から淡いピンクが浮き出て経緯計20色位の色を使ってはみたものの桜には勝てないようです。明日からまた桜の小枝を染めにかかります。こうして綿を20年以上紡いでくると、細く丈夫な糸になりシャツが全体に薄くなってきて、仕立て上がったシャツをマネキンに着せて眺めながら、織りも仕立ても上手になったと一人悦に入っています。この年になってもまだ技術が向上する事を思うと、これはどこにも故障がなく元気に過ごしているからだとすると、案外娘の質問の答がここにあるのかもしれません。

国会では今日も「森友問題」で集中審議です。朝日新聞に第一報が出た時「ガセネタ」だったらどうしようと思いました。もうこれで朝日新聞は購読出来ない、80年も慣れ親しんできた新聞です。その記事が事実であり、一変して国会の、そして国民に対する軽視だと問題にされています。民主主義って、こんな安っぽくて軽薄なものだったのでしょうか。敗戦の後、教科書に墨を塗り、ミカン箱を机替わりにし、新しい憲法の話を聞き「みんな平等なんだ」と胸躍らせ、一町も離れた街角に選挙速報を見に行った事は何だったのでしょう。子供達にこんな民主主義を渡していくのでしょうか。「忖度」なんて目に見えません。新制中学に入って1回目の学級委員の選挙の時に、票数にもかかわらず教師により社長の子供が選ばれたのですから。「コンチクショー」と思いながらの80年でした。

春の嵐にも負けず築山の上にも灯籠の周りにも水仙が咲き乱れています。池にはアメンボが遊びに来ました。アンズの花の蕾が膨らんでサルナシも登りはじめました。本当の春です。今晩は何の煮物を作りましょうか。私は食に関する統括官です。
posted by ヨシミ at 22:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月19日

暮らし−あと10年−

池には氷が張り築山にも灯籠の上にも雪が残っているこの頃、季節は立春を過ぎ、雨水、啓蟄、春分へと移り本当の春になるのですが…。土脉潤起(つちのしょううるおいおこる) 霞始靆(かすみはじめてたなびく) 草木萠動(そうもくめばえいずる) と24節気、72候には記録があるのですが、今の日本では、もう合わなくなっているのでしょうか。

ニュースでも度々取り上げられているように「大根1本350円」「白菜1玉380円」はこんな田舎町でも変わりません。近くの畑を見廻しても白菜も大根も1本もなく、全部正月前に出荷してしまった状態のままです。我が家の畑も雪の下に、大根もキャベツもチンゲン菜も双葉をつけたまま埋もれていて、糠味噌に入れる根菜1本なく春を迎えます。台所を預かる主婦にとって大困り。ただただ、暖かくなるのを待って畑を耕し肥料を入れて育つのを心待ちにしているこの頃です。それでも梅の蕾が大きくなり、あと2、3日でしょう。めじろが待っています、ひよどりが、やまがらも、みんな待ってます。こんなにも春が待ち遠しいことはありませんでした。

昨日植木屋から桜の剪定した枝を山ほど貰いました。小さな堅い蕾がもうほの赤く見え、咲く準備にかかっていたのでしょう。可哀想に思いましたが邪魔になった街路樹だったようで。これはよく色が出ます。今のシャツがもう終わりに近付いているので次の染めにかかります。そのままのピンクと、少し色を落とした薄橙と、玉ネギの黄と、それに藍を合わせた緑、どんな格子が組めるか、その前に桜の枝を裁断して煮出す大仕事が待っているにもかかわらずワクワクしています。先月には古くなった桜の葉からまさに枯葉色しか出ず、がっかりしていた所ですから…。雪が舞っても夕方には裏庭の竈で火を燃やしています。染色の草木灰を作ったり、畑の石灰の替わりを作ったり、果ては銅の薬缶でお湯を沸かしたり、すっかりここ10年来の私の仕事になってしまいました。空高く登っていく煙を眺めながら両親の事や長兄の事、それに先日急逝した弟の顔を思い出しています。5人兄弟姉妹が次兄を筆頭に私と妹だけになってしまいました。母は「ひよどり」になりましたけど、弟は何になったでしょう。

娘は今日も裏庭を掘っています。池の修理で、蓮も杜若も植え込み、めだかも入れ替え春の準備です。古木の椿を切ってしまい、その後に「すもも」を植えるようです。さくらんぼも植えられるのを待っています。そうして娘は私に「あと10年生きたら、おいしいすももとさくらんぼが食べられるからね」と言い、そのすももを使ったケーキを作るためオーブンを新しくしました。これでは絶対に10年生きなければならないでしょう。台所ではキンカンを煮ている甘い匂いが漂っています。今年は大鍋2杯も穫れ喉が痛くなっても大丈夫です。

故郷で最後をと思ってもこれだけ煙を出し庭を掘ることは出来ません。ここを終わりのすみかとして、個展が10回になる迄、染めて紡いで織る暮らしを続けましょう。今日は晴れています。椿の幹は固いのですがよく燃えて消し炭が穫れ、葉は上等の染料としての灰が穫れます。月桂樹の枝はよい香りを放ち、ニッケの葉は少し控えめな香りを出し、桜の枝は桜餅そのものの匂いがします。肉を大きなダッチオーブンで焼く時は案外「ふじばかま」の枯枝等も少し加えると近所中「又、バーベキューだ」と 評判になるのですが、お客様は鶏7羽、猫3匹だけです。都会にはないこのおもしろい暮らしは宝物かもしれません。便利さとは程遠い生活ですけど、良しとしてあと10年です。(と言っても毎年あと10年のせりふを言ってます)
posted by ヨシミ at 17:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする